バトル漫画において必要な要素はいくつかあるけれど、「特殊能力の説明」は読者にとって必須のものに違いない。
これがないと理解をしたうえで読み進められないため重要なファクターとなる。
たとえば「私は空間認識を操って平面を立体に見せることができる」とか「おれに影を踏まれた者は1秒間動作が停止する」みたいに、バトルが始まる前(あるいは序盤)に能力の説明が入らないと、読者はちんぷんかんぷんになってしまう。
説明がされずにバトルが進むと、ただただ「距離を見誤ったな」とか「動作が停止したな」みたいな「現象」が目の前で繰り広げられているだけになってしまう。だから、どこかで必ず説明がされないと、お話としての面白味が減ってしまうわけだ。そんなことなら能力なんて使わずに銃火器を使って圧倒すればいい、みたいになってしまう。能力バトルの意味がなくなる。
推理小説における種明かしや恋愛漫画における感情のもつれ同様、「能力説明」は能力バトルのお約束なのだ。
ただ一方で、お話の中の登場人物たちにとってはわざわざ能力を説明するなんて、ご丁寧に弱点のヒントを与えているみたいなものである。
あなたは敵に手の内を明かしますか?命懸けの決闘の最中に。
奥の手は取っておくとしても、能力を説明してしまうなんて阿呆の極みである。
そう、ここにおいて「能力の説明」は、お約束事項であるにもかかわらず、「説明をすることでリアリティが欠けてしまう」という二面性を持っているのだ。
「メタ(お約束)」と「フィクションの中の論理性」この2つの課題は両立できない。
能力の説明はしなければならない。ただ、それをするとバトルの緊迫感を生むリアリティが損なわれる。
この2つを解決するのは難しいが、これまで数々の漫画であらゆる工夫が検討されてきたので私なりに考察してみた。
『HUNTER×HUNTER』は有名な能力バトル漫画だ。
基本的には「手の内を明かさない」でバトルが進行し、敵に攻撃が通ったあとに解説したり、あるいは戦闘中に手の内を見抜いたり、もしくは見抜けないうちに終わったりもする。作者は2つの課題に対して細心の注意を払っているようだ。
中には「能力の内容を説明する」ということが能力の発動条件になっているものもある。
(HUNTER×HUNTER第143話より)
「相手の肉体に特殊能力で爆弾を仕掛ける」という能力があり、その発動条件が「能力の説明」になっているというのだ。
この爆弾はただちに爆発するわけではなく制限時間を設けた時限式で、この解除にはいくつか条件があり、それを踏まえたうえで駆け引き(取引)をする、というプロット(話の流れ)になっている。
すぐに殺したいなら能力の説明はいらないし、時限式の意味もない。だが、この能力の真髄は「殺害」ではなく「交渉」にあると考えられるため時限式にしてあり、駆け引き(交渉)を描きたいがために、能力の説明が不可避になってしまっている。メタ的には、説明がなかったら駆け引きもできずにキャラがパニックに陥るだけで、読者は置いてけぼりになってしまうし、キャラも行動できないから駆け引きが始まらない。
そこで作者が考えたのが「能力の説明が能力の発動条件」というウルトラC。
すごい。
これによって2つの課題を見事に解決したばかりか、駆け引きをも描くことに成功し、敵(能力者)のゲスさを見事に描き出している。
そのほかの解決方法としては、「能力をあばく」こと自体を目的としたバトルにする、というものがある。
これの代表格が『ジョジョ』のスタンドバトルだろう。
スタンド攻撃を受けると摩訶不思議な現象が起きたり、場合によっては知らぬ間に能力を受けていて気づくまもなく即死、みたいな状況に陥りがちなのが『ジョジョ』のパターンだ。
『ジョジョ』の面白さのひとつにはこの能力の謎解き要素がある。
①「なんか変なことになっているぞ」(不思議現象に遭遇)→ ②「一体どういうことなんだ!」(ダメージを受ける)→ ③謎が解ける→ ④謎を解いたうえで敵をボコる
だいたいこの四段構え。美しい起承転結の構成だ。すべてのバトルがこうではないけど、特段多いと言っても差し支えあるまい。
この構成で印象的なのが第3部のDIOとの戦いだ。
①「自分は階段を登ったはずなのになぜか下りていた」(不思議現象に遭遇)→ ②「仲間がどんどんやられていく!」(ダメージを受ける)→③ (仲間の遺したヒントを頼りに)DIOの能力の正体がわかる→ ④能力がわかったところで対抗策を打ち出す
①〜④の長さのバランス、その組み合わせがバトルの一つ一つに固有の緊張感を生んでいる。
『ジョジョ』はほとんどがこの展開なのでワンパターンという見方もあるが、能力の発想が豊富なことと④の機転が毎回面白いため、そうは感じさせない。だから長く続く漫画になったのだろう。
またほかのパターンには「主人公がさっさと能力の正体に気づく」というものがある。
これがいちばん展開に無理がないし、主人公サイドに有能感も与えられるし、この後の展開としてはミスリードにも持っていきやすく、作劇の手札が増えるメリットがある。
これの派生型としては、「データキャラ」に喋らせるというものもある。膨大なデータを持つキャラ、あるいは考察力の高いキャラに、バトルの外で解説をさせるやり方だ。データキャラはデータに引っ張られがちでミスリードに使われがち。
「そ、そんなバカな!」
みたいな。
こうしたさまざまな工夫がある中で感心したのは『呪術廻戦』における「術式の開示」という設定だ。
術式とはつまり特殊能力のことだと思ってほしい。斬撃を飛ばしたり、式神を呼び出したり、人によってさまざまな能力を使うことができる。
『呪術廻戦』ではこうした能力をわざわざ相手に説明することを「術式の開示」という設定に落とし込んでいて、これによってメタとフィクションの両立を図り、解決しているのだ。
以下は『呪術廻戦』第3巻で初めて「術式の開示」という設定が出てきたところの抜粋だ。

(呪術廻戦第20話より)
呪術バトルには「縛り」という設定がある。
これは自分自身に本来足枷となるような制約を課すことで特定の条件を満足させる、というものだ。
たとえば「味方の情報を横流しする代わりに体の損傷を治してもらう」みたいに「〇〇する代わりに⚫︎⚫︎してもらう」という交換条件のようなものだと私は理解している。
この「縛り」の設定をうまく使ったのが「術式の開示」だ。
「自分の能力の正体を敵に曝す代わりに、自分の能力の効果を底上げする」
初めてこの「術式の開示」が出てきた第20話を読んだとき、この作者天才かよ、と思った。
能力説明を設定に落とし込み、しかも作中の論理と整合性が取れている。
開示しても開示した側は恩恵を受けられるし、読者も能力をわかった状態でバトルを楽しめる。見事な解決策ではないか。
これで、どういう形であれ作者は好きなタイミングで能力説明ができるようになったし、ミスリードを作ることもできるし「あえて能力を説明させない」展開だって使えるのだ。
「術式の開示」は能力説明のシステム化ともいえる。これは『呪術廻戦』における偉大な発明のひとつだと思う。
「能力の説明」は作品における諸刃の剣。
これをうまくできるかどうかは作者の腕次第。ごく自然に読ませるものもあれば、一歩間違えると興醒めになりかねないものもあるから大変だ。
ちなみに私が特殊能力を持っていたら、バトル中に自慢したくなっちゃって能力をバラしちゃうかもしれない。あと、飲み会でついつい言っちゃうとかね。
もし見せ方にお困りでしたら、この設定を使ってもいいですよ。
すぐ倒されるだろうけど。