蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

炭酸が人生で弾けるとき

炭酸はじつに爽快だ。

蒸し暑い日にハードに働いて、帰って冷蔵庫を開けて、うっすらとした冷気が肌に触れるのを感じながら、コーラを喉に流し込むときの快感。あの刺激。脳天を刺すような心地。

文明の勝利、って感じがする。

生まれて良かった、現代。

炭酸って文明じゃなきゃ作れないからね。ありがとう、文明。

と思って30年くらい生きてきたわけだけど、よくよく考えたら炭酸とは不思議なものだ。

・どうやって液体から気体が出てくるのか。どこから発生しているのか

・コップに注ぐと炭酸の粒がシュワシュワしているのに、ペットボトルや瓶の蓋を開ける前はシュワシュワしていないのはなぜか

・どうやって作るのか

・自然界にもあるのか

・あの気体はなんなのか(二酸化炭素?)

このように、わからないことはいくつかある。

 

思えば、初めて炭酸を飲んだ子どものころにも似たような疑問を抱いていた。

幼稚園くらいのときにコーラを飲んで、最初はその刺激がキツかったけど、だんだん慣れてきて大好きになった。

まわりの子どもたちの間でも「炭酸を飲めるやつは大人」みたいな風潮があった。

そのころから「炭酸とは不思議な飲み物だ」という気持ちは持っていたものの、あれらの疑問は次第に疑問にも思わなくなってしまった。ここで科学的探究心があれば私はもっと偉い人間になれていただろうに。

「こういう飲み物があるほうが人生が面白いから」という茫漠とした理由で科学の謎を諦めてしまったのだ。

今こそ、炭酸の謎を解き明かしてみてもいいだろう。

 

なんの実験もできないので(思いつかない)、解き明かすには調べればよいということになる。

2026年は便利な時代で、AIに聞けば一瞬で答えを得られる。

実際聞いてみると、

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画像を生成したうえで丁寧に解説してくれた。

たったの5秒のことだった。

私の謎はこれで完璧に解消されてしまった。

これでもう、誰に炭酸のことを質問されても答えることができるだろう。

 

便利だけど、わかりやすいけど、果たしてこれで良かったのかなぁと、AIを使うたびに思う。

AIがもたらす恩恵は確かにあるけれど、それよりも、探究する間に抱いていた気持ちとか思考とか熱のようなものを私たちは失っているのではないだろうか。

気の抜けたコーラみたいに、甘いだけの生き方になってしまいそうだ。

そういう風に生きてみるのも今の時代、価値なのだろう。

 

炭酸の仕組みを知ったうえで、最初に炭酸飲料を作ろうと思った人の気持ちとか、最初に飲んだ人の驚きと喜びに思いを馳せてみる。

その人は笑顔だったのか、それとも渋い顔をしたのか。

喜びがあればいいなと思う。

私のダーマトグラフ

今から10年以上前、浪人生だったころの私はダーマトグラフを愛用していた。

ダーマトグラフとは、色鉛筆みたいなペンのことで、側面についている糸を下ろして軸をくるくるとめくり、芯を出すというかなり変わったかたちの筆記用具だ。

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画像引用:https://magazine.cainz.com/article/255101

これの黄色を蛍光ペンのかわりに使っていた。

蛍光ペンを使えばよいではないか、と思われるだろうが、おっしゃるとおりだ。自分でもどうしてダーマトグラフを使っていたのかわからない。しかし、当時は気に入っていたのである。芯を出すのが楽しかったし、黄色は冴えた発色で嫌味なく大事なポイントを強調してくれた。

使っていくごとに短くなっていくのも良かった。だんだん短くなるとたくさん勉強をしたんだなという実感につながり、微力ながらも私のモチベーションを奮い立たせてくれた。浪人生にとってあの1年間はちょっとしたジャンケンでさえも志向のエンタメと化すほどに刺激というものに飢えている期間なのだ。ダーマトグラフが短くなっていくことからたまらない喜びを得られるのである。

4分の3ほどまで使ったところで受験は終わった。残ったダーマトグラフは大学時代にも愛用していたのだが、大学ではあまり重要な箇所に線を引くということはなかったため、全体の6分の1まで使ったくらいだった。だいぶ短くなっている。

それから私はダーマトグラフの存在を忘れて今日まで過ごしてきた。

 

会社の引き出しを開けると、そのダーマトグラフが奥からころん、と出てきた。

そこに入れた記憶はなかったので驚いた。

なぜここに? 理由ははっきりしないが、私が持ってきたことは疑いない。

きっと前職でもダーマトグラフを使っていて、今の会社に転職しても持ってきたのだろう。しかし使いどころがなくて、引き出しにしまったのだろう。

短くなり、もはや糸を出すことも難しくなった、年季の入ったダーマトグラフ。

触れるまでもなく、10年以上前のあの頃を思い出した。

予備校の空調は冷えすぎていて、暖房は効きすぎていた。自習室の机。蛍光灯の白い眩しさ。自転車で通った道。ボロボロになるまで使い込んだ世界史の問題集(これはどこへ行ったのだろう)。受かったことよりも終わったことに安堵した日。

あの頃があるから今があるに違いない。

今が幸せかどうかは未来にならないとわからないけど、最近はふとしたときに、家族がいることに感謝の気持ちを抱くようになった。ダーマトグラフで線を引いていた私に、とりあえず孤独ではないことは伝えてやりたい。

そのあたりの裏紙に線を引いてみると、ダーマトグラフ特有の、クレヨンでも色鉛筆でもないようなネチッとした書き心地に懐かしさを覚えた。

こいつを捨てていなかった私のことを、ナイスだと褒めてやりたい。

 

外でペペロンチーノを食べない

わたくしは、わたくしが作るペペロンチーノが好きだから、外のお店でペペロンチーノを食べることがほぼない。

どうせそれらは私の作るペペロンチーノよりも劣っているし、自分で作れるものを外で金を払ってまで食べることはないというわけである。

しかし本日、いろいろな事情があって、詳細は割愛するが、スパゲッティ屋でペペロンチーノを注文して食べることになった。

割愛、などと今書いてしまったけど、よくよく考えたら大した事情ではなかったのでその事情の詳細をあらためて述べさせていただこう。単に「気まぐれ」だった。数年ぶりに外でペペロンチーノもいいかもしれないと思ったのだ。それだけだ。以上。こうして書いてみると、詳細、というほどのことでもなかった。言語化することでさらにつまらない文章になってしまったので、やはり割愛したほうがよかったかもしれない。話を戻そう。

さてペペロンチーノ、食べてみるとそれなりに美味しかったが、結局は私のほうが上手く作れると確信した。

にんにくは少し焦げていたし、辛味は薄かったし、オイルは乳化していなかった。

まぁ、そういうこともあるだろう。

口はニンニクの匂いでいっぱいになって、水を飲んだりミンティアを噛んだらしたけれども、夜が更けた今になってもその余韻が香るのだった。そういう料理なのだから仕方がないとはいえ。

これらの点から、自分で作って家で食べるほうがいいなと再確認できた。

 

ここまで書いてしまうと、じゃあお前はペペロンチーノをどう作ってるんだアホ、と思われる人もいらっしゃるだろう。

店の商品を腐し、あろうことか批判。そんなお前はどんなペペロンチーノを作っているんだボケ。平家の亡霊。野垂れ死ね屯田兵。そうおっしゃる人もいるだろう。

よろしい。

教えないでおこう。

何でもかんでも教えてもらえると思ったら大間違いだ。

それにこういうのは秘密のベールというのかな、詳細がわからないままでいたほうが神秘的な感じになっていい、というのは先ほどの「いろいろな事情」の件でよくわかっていることだろう。

知らないほうが面白いこと、美しいことはたくさんある。

信じられん

信じられん、これが5連休の終わりだとは。

シルバーウィーク。

ところで今年の私のゴールデンウィークはそれは悲惨なものだった。謎の病気になって、連休の9割を病床にふせた挙句、出勤日も起き上がれずに休んだ有様だった。酷い咳で喉を傷め、声が出なくなった。

それを取り返すかの如くシルバーウィーク。

しかし、酷い台風が押し寄せて、2日間は家に閉じ籠り、ちゃんと晴れた日は1日しかなかった。私が住む千葉県は大変な災害に遭い、たった1日で半年分の雨が降る記録的な豪雨に見舞われた。家財を失い途方に暮れる同朋を思うといたたまれない。

それはそれとして、5連休なんてあっという間だ。

連休始まりの金曜日の夜、この5日間はちゃんと5日間の意識を保ったまま、100%の気持ちで過ごそうと思っていた。だから、そう過ごした。濃密な時間を過ごすことで時間は引き延ばされるのである。

しかし、それでも、5日間はあっという間だった。5日前がつい1時間前のように。

金曜日の夜に戻りたいと何度も思った。

 

連休最後の夜は好きなアイドルの映像だけを見て過ごした。

彼女たちに笑顔、言葉、歌を見ていると優しい気持ちになれる。

一生懸命歌っている姿に涙ぐむ。

ふと、私が彼女たちにハマっていなかったら今ごろどうやって過ごしていたのか気になった。ほかのコンテンツにハマってそれに救いを求めていただろうか? 

あるいは、死んでいたかもしれない…。

 

みんなこんな夜を過ごしているのだろうか?

だとしたら、私たちは手を取り合って、肩を組んで、お互いの名前を知らなくてもお互いの幸福を祈れるような関係になれるはずだ。

 

「ピアノが弾けたら」じゃない、弾くんだよ

妻の実家に電子ピアノがあったので試みに弾いてみたところ、素晴らしく楽しい楽器だと感動した。

鍵盤を押すと音が出るのである。

なんて簡単なのだろう。

尺八という楽器を私はやったことがないけども、これはちゃんと音が出るようになるまで「首振り三年、ころ八年」などと言われているほど難しいと聞く。また、オーボエなんて木管は最も難しい楽器なんて言われてるし、ヴァイオリンも金管楽器もきちんとした音を出すことがそもそも難しいようにできている。

それに比べてなんだピアノは。鍵盤を押しさえすれば音が出る。音符を辿ることができればメロディーを奏でることができる。スタート位置からしてこんなにやさしい楽器はないではないか。

私はギターをやっていたのだが、ギターはすこしばかり人間工学に基づいていない設計をしており、指が痛くなったりどこを押さえているのか見にくかったり、右手と左手が同時に見えないからキョロキョロせねばならないなど不便な点がいくつもある。

しかし、ピアノはどうだろう。正面に押すべき鍵盤が並び、ドレミの位置もわかりやすい。まさに音楽を奏でるべくして最適化された楽器といえよう。

 

私はギターはやっていたものの、ギターとピアノは「ピザ」と「麻婆豆腐」くらい異なるモノだから、早速ピアノを両手でツラツラ弾けるなんてことはない。だいたい、音符を読むのも一苦労だ。

一音ずつ音を確かめながら「えいや」といった感じに和音を鳴らし、いちいちその美しさに感動しているだけである。

たぶん最初のうちはよくある練習曲的なものから始めて段階を踏んで技術を習得すべきなのだろうが、かねてより忍耐力のない性根なのでそんな悠長なことはしていられない。なにも発表会に出たり30歳からプロを目指そうなんて志はまるでないのである。

ただ今、ピアノを楽しめればいい。

堅苦しくなく音楽を楽しめるってなんて素敵なのだろう。

ショパンのノクターンをちょろっと弾けたのならそれでいいのである。

ノクターンの難易度がどれくらいのものなのかわからないが、ズブの素人からすればどの曲だって難しいのは同じこと。好きな曲から練習したい。

 

ノクターンは12/8拍子という8部音符が1小節の中に12個並んでいるリズムになっている。雰囲気的には小さな3拍子が1小節のなかに4つあるという感じだ。

右手は単音でメロディーを弾いているためそこまで難しくはなさそうだが、音符を見ながら弾けないため、一音ずつメロディーをたどりながら手の形を覚えた。

左手は小さな3拍子で和音を繰り返しており、とてもじゃないがすぐには弾けそうもない。

どうするか。

楽譜を観察したところ、表拍というのかな、そこが和音ではなく短音になっていることがわかった。とりあえずそこだけ弾けばいいということにした。

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(左手(ヘ音記号)の中に単音がいくつかある。そこだけ弾く。)

https://youtu.be/cCRte3GEj3Q?si=UB06nRgoNWcJoZYc

 

しかしそれでも、単音だけ弾くといってもズブには難しく、結局2時間半くらい練習して4小節しか弾けるようにならなかった。

右手を練習する→4小節通してできたら左手を練習する→それもできたら合わせてみる→1小節もできない、この繰り返しだ。

だが、休まずに続けていると次第に弾けるようになってくるのだからおもしろい。

私は勉強もスポーツもまるでダメだったけど、昔から美術と音楽だけは練習すればなんとなくできるようになる性質(タチ)だった。それは才能というか根気の問題で、美術と音楽だけは集中力があるのだった。好きなのだ、要するに。なんでそっちの道を目指さなかったのだろうと不思議だが、まぁ人生はそういう侘び寂びもまた味のひとつだ。

練習の最後には、アレンジバージョンで4小節通して弾けるようになった。

 

ショパンは今から200年ほど前の人で、この曲が作られたのも200年ほど前のことだ。ショパンは39歳で亡くなっており、もしかしたらノクターンは今の私と同じ年齢のころに書かれた作品かもしれない。

200年を経て曲が残り、同い年くらいの、全く異なる国と言葉の人間が、こうしてなんとか弾こうとしているというのはなんだか胸が熱くなるような思いになる。音符の中で私はショパンと繋がっている。

左手の単音だけたどっても美しく、半音ずつ下がったり、オクターブで音が跳躍したり、さまざまな工夫がなされていることがわかる。この音符の一つ一つにショパンの意思がこもっている。

もしかしたら時代の中で変わってしまった音もあるかもしれないけど、この音符は200年間みんながたどってきた音に違いない。

今まで弾いてきた人はみんなこの音符になにを思ったのだろうか。

言葉ではなくメロディーにその答えがある。

音が重なることはなんて美しいのだろう。

そこに感じた美しさは、草原一面の花を見たときとか、夏の雲とか、満月を見たときに感じる「美しい」と思う感情と同じものだった。音楽という人間が作ったものなのに。

妻の実家の仏壇の前の電子ピアノの前に座っているはずなのに、私はこの世界の大いなる美しい仕組みのようなものと繋がっている気がした。たったの4小節、それも音を抜いて弾いただけなのに。

ピアノって素晴らしい楽器だと思った。

 

左手をちゃんと動かせるようになったらどうなってしまうのだろう。

ピアノ、欲しいかもしれない。

この世にはありがたいことに名曲が多すぎる。一生かけても楽しむに値するものにもしかしたら出会えたのかもしれない。

 

夜のコインランドリー

寝て覚めたら、お腹、太もも、腕のあたりに痒みを覚えて、見てみるとプツプツと赤い点が広がっており、これはもしやダニというやつでは。私はすぐさま思い至った。

しかし、布団を叩いて近くに寄って凝視したもののそれらしい虫は見当たらない。ただ、一度ダニかもしれないと思ったからにはこれを放置しておくわけにはいかないので、ダニを滅却する薬剤を購入(Amazon)した。

布団も洗うべきだろう。

そう思い、仕事から帰宅して夕飯を食べて22時ごろ、家から徒歩15分という絶妙に遠いところにある最寄りのコインランドリーに、使っていた毛布、シーツ、枕を持ち込んだのである。

 

コインランドリーには洗濯機が3台と乾燥機が7台あり、稼働率は8割といったところだった。平日のこんな夜でもみんな何かを洗濯する必要に迫られているのだ。人間は服を着る生き物であると同時に、洗濯をする生き物でもあるということがよくわかる。

空いていた洗濯機に寝具をぶち込んだ。洗濯機に記載の「容量」を超えていたが、仕方がない。ぎゅうぎゅうに押し込んで、30分のコースを選ぶと「洗濯を開始します」云々と洗濯機が威勢よく宣言した。

30分なので、ここから家に帰ってもまたすぐに出なきゃいけなくなるから、コインランドリーで終わるのを待つことにした。

店内には私のほかにプリン頭のギャルが一人いて、ケータイをいじってる。

洗濯機の小さな窓に水がバシャバシャと打ちつける。私はこれを見るのが人生の何よりも楽しみで、ジッと観察しては昔ゴーグルをつけて海に潜ったときのことや、中の洗濯物たちの気持ちなどについて考え、感傷に浸る。隣にあるドラム式乾燥機の働きを見るのも好きだ。衣服がドラムの中を踊るさまは「幸福」の象徴のようだ。30秒くらい感傷に浸って満足し、文庫本を読んで過ごすことにした。

ギャルは洗濯が終わると衣服を片付けて店を後にした。そのすぐ後に、男性が入ってきた。

メガネをかけていて、痩身で硬そうな肉付きをしている若い男だ。

バックパックみたいな大きなカバンの中から靴下をひとつ取り出すと、彼はシゲシゲと検分を始めた。靴下の表を返し、裏側に顔を近づけ、もはや匂いを嗅ぐほどに細かく調べていて、このまま口に入れるんじゃないかとすら思った。

その靴下が終わるとまた別の靴下が出てきて、それが終わるとまた別の靴下が出てくる。ようやく靴下のターンが終わったかと思えば、今度はパンツの検分が始まる。パンツ、肌着、その他の衣類も靴下同様の手順で何かを確認している。

まさかあのバックパックに入っている大量の衣類すべてを確認してから洗濯するつもりなのか。その作業は自宅で終わらせられなかったのか。一体何を調査しているのか。なにか生き物でも殺してきて、その返り血を浴びたので一着ずつ調べているとか…?

なにもかもわからない。もう好きにさせておこう、と思った。満足するまで衣類を見つめていればいい。あなたの人生なのだから。

どれほど時間が経ったか、私の洗濯が終わり乾燥機に移し替えている間も、彼はまだ検分していた。おそらく、20分近くやっていたのではないか。

 

乾燥機を30分ほど回す。

その間に、さまざまな人の出入りがあった。1人で来る人もいれば、カップルもいた。みんながそれぞれ事情があって今夜このコインランドリーに、会話もなく目も合わないけれど居合わせたのだ。袖ふれあうも他生の縁。あなたが回転させている洗濯機の横に私の回転させている乾燥機がある。夜のコインランドリーにもなにかの縁があるはずだ。

街灯の少ない道のそばで煌々と光って洗濯機を回すコインランドリーは、まるで宇宙にぽかんと浮かんでいる停留所みたいだ。

私の乾燥も終わり、ふかふかになった布団を取り出しているとき、先ほどの男はパイプ椅子に座って、なにやら資格の勉強をしていた。

なんの資格なのだろう。2級土木施工だろうか。野菜ソムリエだろうか。わからない。好きにさせておこう。

コインランドリーを後にし、家に帰って、きれいな布団で寝た。

 

木曜日は電車が混んでいる

不思議なことに、木曜日は2割増しで電車が混んでいる。

なぜ木曜日だけなのか、理由はもちろんわからない。

いつもはいない人が当たり前みたいな顔をして列をなし、私が座るべき座席を占領し、車内の温度を上げ、みんなして高速平行移動する。

まぁ、いつも座れないし、車内の空調は適温よりも幾分高く設定してあるので、人が多かろうが少なかろうがどうだっていいのはどうだっていいのだけど。

ただ、どうして木曜日に混んでいるのかその理由を知りたい。

月曜日と金曜日に混むのは感覚的にわかる。普段はリモートワークの人も週の初めと終わりには出社しないといけないのかもしれない。水曜日が混むのも同じ理由で理解できる。

なぜ、木曜日なのか?

そもそも会社員ばかりが利用者ではないことだって考えられる。

何か特殊な事情が私の住む地域にはあるのだろうか?

 

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「木曜日が混む理由、知ってる?」と君がいう。

「知らない」と僕はいう。

君はまっすぐ線路を見つめながら、いう。

「サースデイ・ラッシャーのせいだよ」

夏の日差しが線路を焼く。電車はすぐには来ない。早朝の信号機トラブルのせいでダイヤが乱れている。ただでさえ木曜日で混んでいるというのに、ホームはすでにこぼれ落ちそうなほど人で溢れている。

「サースデイ・ラッシャーはね、」と僕の反応を待たず君は続ける。「みんなの頭の中に住んでいる怪物のことだよ。ずっと昔から、月曜日とか火曜日とか日曜日とか、そんな概念が生まれたときから人類に巣喰いはじめた悪魔。安息日を決めたのは神様だから、神様がいたときから存在していたことになるね」

「どういう見た目の悪魔なんだ?」

「さあね」

「……知らないのはおかしいんじゃないか?」

「どうして?」君はムッと頬を膨らませる。「私にもわからないことはたくさんある。サースデイ・ラッシャーの見た目もそうだし、スカンクの体重とか、線路一本の値段とか、私の寿命とか、とにかくいろいろある」

たしかに僕にもわからないことはたくさんあるな、と変に納得してしまった。

てっきり僕はサースデイ・ラッシャーは君の創り話なんだと思っていたが、もしかしたらよくある昔話で、僕が知らないだけなのかもしれなかった。

「あとで調べよ。それで、どんな悪魔なんだ?」

「サースデイ・ラッシャーは、人々の頭の中に巣喰い、人々に『ああ、何かをやらなければ』と焦りの気持ちを芽生えさせる悪魔なんだよ」

「なんだそれ」

「誰しもあるでしょ?ああ宿題をやらなかった、ジムに行かなかった、部屋の掃除をしなかった、お風呂に入らなかった……can'tじゃなくて、don'tなことが。そういったdon'tのときに抱く罪悪感とか諦念を食べて、木曜日になると『焦り』という気持ちに変えて吐き出すの」

「それで木曜日は電車が混んでいると?」

「そう。とくに夏の終わりと年末と、3月末の木曜日は電車が混むよ」

「そんな悪魔の存在を今まで感じたことなかったな」

「でしょうね」

『間もなく3番線に快速小田原行きが参ります──』

「私が今考えた話だもの」

僕たちが乗るべき快速小田原行きがホームに滑り込んで来た。これ以上は入れませんってくらいぎゅうぎゅうのドアが開くと、人々は抜け目なくわずかな隙間にめり込んでいき、僕と君をホームに残して全員が四角い箱にすっぽり収まってしまった。電車が少し膨らんで見える。

僕たちはベンチに座った。これに乗っても乗らなくても、遅刻には変わりない。乗れないのではない、乗らないのだ。

息も絶え絶えにドアが閉まる。そのときドアにへばりついたサラリーマンのおじさんと目が合っう。おじさんは少し笑った。何かを言いたげな瞳をしているもののぐっと言葉を飲み込んだときにしかできない笑顔だった。

歪んだ電車は声にならない叫びを上げながら、小田原方面へ去った。

「サースデイ・ラッシャーは実在すると思う。今、ここに」