蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

セイウチと暮らすにはどうすればいいか?シャチと友達になるにはどうすればいいか?~鴨川シーワールドに行ってきた~

 日、GWの連休を利用して私と恋人は車を運転し、千葉県の水族館、鴨川シーワールドへ馳せ参じてきた。

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 鴨シーへ行くのはこれで二度目、我々の目的は決まっていた。

 シャチのショウマンボウカステラセイウチだ。

 

 子どもにもカップルにもお年寄りにも大人気の鴨川シーワールドであるから、GW中日、予想できるのはめちゃくちゃ混んでいて水槽の前はパニック状態になっており、ショウはどれも満席、水生動物たちは露わに晒されて通路には空き缶、ちり紙、ビニル袋、ちらし寿司、生首といったゴミが散見されるなどのほとんど世紀末な状態である。

 私たちは相応の覚悟をした。

 

 めちゃくちゃ混んでいた。

 

 とんでもなく混んでいた。

 

 高いところから見下ろすとどの通路もどのステージも人が溢れかえり、まるでいわしの群れだった。外国人も多くいて、もう収容所みたいになっていた。魚たちの泳ぐ収容所ならいいかもしれないと思ったけど、いいわけがない。

 アシカのショウは席が埋まり立ち見客どころかステージ脇から背を伸ばして見ている者も多く、私たちもその一部であったが飼育員の溌溂(はつらつ)とした声とアシカの歩く「ぬっぬっ」という音と観客の笑い声と拍手が聞こえてくるのみで、なにも楽しくない。

 観客に混じっている外国人は国籍も多様で中国韓国はもちろんのこと東南アジアやヨーロッパ人も散見された。

 外国人の服装は派手だ。平気で胸元を放り出す。

「あそこにいる南蛮人らしきおばさんのおっぱい、ご覧なね」

「すごいね」

「どうなってるんだろう」

大艦巨砲主義ってかんじだね」

「太陽が二つあるのかと思った」

 私たちはアシカの「ぬっぬっ」と動く音を聴きながらおばさんの胸を注視していたが、それではどうしようもなく哀しく憂(うれ)しいので、その場を後にした。今度来た時にちゃんと見たい(ショウを)。

 

 

 私たちは第一の目当てのセイウチを見に行った。

 私はセイウチが好きだ。

 嘘みたいな体型と見るからに凶暴な牙。その顔はよく見ると仏に裏切られた住職のように目が血走っており、硬質なヒゲをざわざわ動かしている。

 なんなんだこのファンタジーな生き物は。海岸を散歩していて突如セイウチに出会ったら恐怖で失神するだろう。睨まれたらひとたまりもない。怖い。

 だけどその泳ぎは勇ましく、巨体をものともせずにぐんぐん水中を滑空する。あまりにも速くて、巨体のわりに落ち着きがなく、うまく写真を撮れない。

 浅瀬に身をもたれている立派な牙を生やしたセイウチは日曜の午後の40代独身男性のようにどこか憂鬱をたたえていて、悲しい。

 ヴぁぁぁ、ヴぁぁぁ、と咳き込むような呼吸をすると腐った魚のにおいがして、悲しい。

 こんなに醜くて愛しい生き物、だから私はセイウチが好きなのだ。

 もし水族館に務めることがあったら私はセイウチの飼育員になりたい。彼らと同じ時間を共有したい。彼らの悦びを知りたい。彼らの憂鬱に浸かりたい。

 私にとってセイウチはなんだか詩的な動物なのだ。応援したくなる動物なのだ。

「セイウチと暮らせたらどれだけ素敵だろうな」私が言うと、恋人は私の手を握り、言った。

「蟻迷路がセイウチになればいいじゃない」

 あなたはそれでいいのか?

 

 

 

 30分後にシャチのショウがはじまるのでそちらのステージへ向かった。

 シャチは鴨シーの人気の動物だ。そのショウはかなり見ごたえがあって全国から人を集める。水遁の術みたいな量の水しぶきがかかるが、それでも常時満席になる。ちなみに、シャチのショウはこんな感じだ。

youtu.be

 見てほしいのは4:40~あたりからだ。

 ご覧のように、会場はシャチの水遁で阿鼻叫喚。

 

 

 30分前に行ったにもかかわらず満席で、立ち見でもプールすら見えなかった。

「これはだめだ」

「2時間後のショウにしよう」

 私たちは人混みを分けてシャチステージを脱出した。

 

 

 鴨シー名物にマンボウカステラ」というものがある。

 その実態はマンボウをかたどったベビーカステラであり、見た目も可愛いし味も出来立てで美味しいのだが、その本質は「売り方」にこそある。

 売り小屋の色褪せた値段表には「8マンボウ〇〇円、15マンボウ△△円」と書かれている。単位が個ではなくマンボウなのだ。

「8マンボウください」注文すると売り子のお姉さんが、

「8マンボウですね!数えさせていただきます。1マンボウマンボウマンボウ4マンボウ5マンボウマンボウマンボウ8マンボウと……おまけの9マンボウ10マンボウでぇ~す!」と、いちいち数えてくれる。

 

 以前来た時にマンボウカステラを買った際、我々はマンボウがひっくりかえるような衝撃を受けた。なんなんだこれは。なんなんだこれは。

 マンボウを数えるとき、お姉さんは軽業師のようにマンボウを小手で掬いあげ、バグった蓄音機みたいな早口でマンボウを数え上げる。アホみたいなのだが感動した。プロだと思った。私もマンボウカステラを売りたいと思った。

 味はほんのり甘くてふわふわでもちもちしている。

 鴨シーに行ったらぜひ食べてほしい。

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 あと、売り子のお姉さんが美人だ。

 

 

 

 私たちは混雑した水槽を軽く見た後、シャチのショウへ向かった。

 次のステージまでまだ1時間半はあるというのに、席の6割は埋まっている。恐ろしい人気である。

 私たちはぜったいに水遁を被りたくなかったので、なんとか後ろの座席を確保した。

 開演一時間前から係のおじいさんが観客席をうろうろしだして、前から7列目くらいは著しく水を被るので濡れたくない人は後ろの座席に移動するか立ち見でお願いしますと喚起する。水色のポンチョが300円で販売され、前の席の人たちはこぞってそれを購入する。

 あれだけおじいさんが言っていたのに買わない奴は、はっきり言って愚(ぐ)だ。

 おじいさんの販売催促は人が集まるにつれて熱がこもり、観客はこぞってポンチョを買い、売り子は慌ただしく移動する。

 水槽でシャチがウォーミングアップを始める。

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 かわいい。プールサイドにあがったシャチに話しかけるように仲間が寄り添う。

 そこどけよ、おれも休憩したいんだよ。そう言ったのだろうか、陸のシャチはプールへするりと潜り、仲間のシャチがプールサイドへ上がった。あきらかにコミュニケーションを取っていた。

 私たちの知るべくもない言葉で、あるいは言葉ではない思念のようなもので、彼らはコミュニケーションを取っているのだ。不思議だ。シャチと会話ができたらどれだけ素敵だろう。人との会話もままならない私だけど。

 

 長い待ち時間を経て、ようやくショウが始まった。満席。立ち見で埋まる。場外にも人だかりができている。

 シャチ遣いのお姉さんがプールに飛び込むとシャチはお姉さんを背中に乗せて、水面を滑る。今度はお姉さんがシャチの背中に立ち、波乗りをする。見事だ。こういう乗り物があったらどこまででも行けそうだ。海に国境はないのだ。

 シャチは高く飛び、これでもかと観客に水しぶきを浴びせる。阿鼻叫喚。溺れるんじゃないかってくらい水をかける。冬だったら訴えられてもおかしくない。

 観客の多さに機嫌をよくしたのかサービス精神旺盛にスプラッシュしまくるので、観客は疲れ果て、もうやめてくれとどこかで聞こえてくるが、それでもスプラッシュをするので吹っ切れた観客は今度は悲鳴ではなく爆笑し始める。最前列に座っていたポンチョを購入しなかった愚のおっさんは滝行に臨む修行僧のようになり、終盤はスプラッシュすると立ち上がってガッツポーズをするなど、会場を大いに盛り上げてくれた。

 そしてショウの最後、お姉さんはシャチと共に水中深くに潜り、シャチの勢いに任せて大ジャンプを決めた。

 大成功。万雷の拍手。

 プールサイドにあがったお姉さんとシャチはまるで本当の姉弟みたいに、本当の親友みたいに抱き合い、喜びに浸っただった。お姉さんはシャチの全身を撫で、シャチはそのぬくもりと拍手によろこぶようにヒレをぱたぱたさせる。その姿にいたく感動した。 

 お姉さんは、シャチと会話できるのだ。

 ショウのための血のにじむような双方の努力と失敗と、そして成功を通して、二人は────二匹は、会話ができるまでに心を通わせているのだ。

 その光景には涙が滲んだ。

 やれやれ。

 目までも濡らす気かい?

 恋人もちょっと泣いていた。

 

 

 

 鴨シーは展示もさることながら、ショウが素晴らしく、今回は見れなかったベルーガやイルカのショウのクオリティもかなり高い。

 家族や恋人で行って、ぜひそのエンターテイメントを体験してほしい。

 

 次行ったらシャチの水遁を体験しようと思う。