アーティチョークを捌くリール動画やショートがやたらと流れてくる。

なんかこういう花弁?をよく切れるナイフで切っていくやつ……

蕾の中にあるこの……なんですかこれ?とにかく花の中にある中身を食べるんです。
アーティチョーク系動画が違法アップロードも含めてめちゃくちゃ出回っていて、しかも99%海外製なのでなにがオリジナルなのかもよくわからないが、内容はほとんど同じで、「アーティチョークの花を刈る、花弁を取り除く、中のワタを抜く、中身を見せびらかす」という構成になっている。
これらの動画を見まくった結果、マジで一回夢にアーティチョークが出てきたことがある。
でも私が夢の中で手にしたアーティチョークは、消しゴムのような質感で、香りというものも何も感じなかったか、あるいは何も憶えていないくらいのもので、それは無機物よりも無機質な物体でしかなかった。
こうなる理由は明確だ。
私はアーティチョークに触れたことも、食べたこともないのだ。
アーティチョークへの想いを募らせていたところ、とあるレストランで運命的な偶然の出会いを果たした。
アーティチョークの入ったガレットがメニューにあったのだ。
本当は生ハムのガレットを食べたかったが、ここはひとつ冒険と思ってアーティチョークのガレットを頼んだ。
はたしてアーティチョークはどんな奴なのだろうか。

出てきたのがこれだ。
美味しそうでしょう?
美味しかったんですよ。
でも一見してどれがアーティチョークなのかはわからなかった。

この赤丸で囲んだやつがナニである。
見えないところにもあと3つか4つくらい入っていた。
目の前に出てきたアーティチョークは、動画で見るような扁平な楕円ではなく、あれからさらに切り刻まれて炒められた状態になっていた。色も動画では薄い黄色だが、皿の上では、病んだ人の舌みたいな色をしていた。
ガレットに包み込まれたアーティチョークは、どこか自信なさげだった。ほかのトマトとか赤カブとかに比べたらいかにも脇役で、どうして私がこんなところに、とでも言いたげであった。よく考えればもともと花の中に隠れていたくらいだから、自信はなくて当然なのかもしれない。これが本来の性格なのだ。
隅っこで震えているアーティチョークをナイフとフォークで引きずり出して全貌を露わにしてから、とりあえず単体で食べてみることにした。
フォークで刺した感じは、柔らかい。蒸した芋みたいなネットリ感がフォークの先から伝わってくる。
食感、歯触りは、里芋みたいだった。トロみの少ない里芋、もしくは軽く煮込んだニンジン。
味も、迫力の無い里芋みたいだ。
エグ味はなく、臭みもない。口の中を確認したくなるほどに無抵抗で、なんのとっかかりもない。
すこし柚子のような酸味がしたものの、これはあとからわかったのだが、一緒に入っていた赤カブの風味であった。
ざっくり言うと、アーティチョークめ、無味無臭である。
夢の中で食べたアーティチョークとそんなに変わらないではないか。
アーティチョーク、恐るるに足らず。
では美味しくないのかというと、そうではない。普通だ。というか、ほかの野菜やガレットの生地と一緒に食べたほうが美味しい。このホクホク感が活きている気がする。
繊維質のないタケノコ。これが一番近い印象かも。7日間煮込んでクタクタになったメンマみたいだ。
サラダとかもっとほかの料理だとアーティチョークの印象も変わるのだろうか。
この無味無臭無抵抗ぶりには安心感と同時に「計り知れなさ」もあると思った。
そもそも、私がアーティチョークだと思って食べたものは、アーティチョークではなかった可能性もある。本当にただの芋だったのかもしれない。
これではまだアーティチョークを知ったとは言えまい。