先日、久しぶりに生牡蠣を食べる機会があって、あらためてなんて美味い食べ物だろうと感動した。
あの冷たく豊かな海を感じる風味に、ちゅるんとした舌触り、重くて濃厚な味のかたまり、そこにタバスコやレモンをかけて爽やかにヒュッと一息に吸い込んでビールやハイボールでキュッとやれば…
くぅ〜…
または、
かぁ〜ッ!
ですよ。
思い出しただけで幸福物質が脳に漏れ出てくる。
ポン酢につけてスポスポ食べていくのもいいですよね。酸味のある調味料と合う。
ところでさっきから「吸い込む」とか、「スポスポ」とか書いてるのは、生牡蠣は咀嚼するとか頬張るといった表現よりも、こうした「飲み込む系」の表現が適している気がしてならないからだ。ヒュポでもいい。とにかく生牡蠣は飲み物であるから、こうしたヒュポ系の動詞(?)が似合う。
生牡蠣を好きだなとは常々思っていたけど、なかなか食べる機会はない。
スーパーにも生食用の牡蠣は売っているものの、どうしても「リスク」のことを考えると手を伸ばしにくい。
ちょうど暮れの挨拶で取引先の方がゲッソリしていたので話を聞くと、生牡蠣に当たって地獄の数日間を過ごしたと言う。上からも下からも阿鼻叫喚の無間地獄。奥様も一緒に食べたのになぜか自分だけ当たったらしい。このランダム性はなんなんだ。こうした話に触れると生牡蠣は食べるもんじゃないよなと思う。
夜にスーパーへ行くと、生食用牡蠣が3割引になっていたりする。個人的には割引されている生牡蠣ほど怖いものもないので、あまり値引シールを貼らないほうが良いのではと店員さんに忠言したい。高ければ安心というわけではないが、当たるか当たらないかはもはや食べるときのメンタルにも左右されている気がしてならないので、安価なほど怪しさが増して、食べるよりも先に体調を崩しそうになる。スーパーの牡蠣は少し怖い。
こうした理由により、生牡蠣はしかるべき店舗でしか食べないようにしている。
店と市販品で危険性はおそらく変わらないだろうし、市販品の衛生管理はむしろしっかりしていると思うのだが、これはもう気持ちの問題なのだ。
店なら大丈夫な気がする。
この気概を持つだけで牡蠣に当たるリスクは3割引になる。
とは言え、本当は生牡蠣をもっと食べたい。
店で食べると高いから、スーパーで買ってきて、軽薄にポン酢なんかでチュポチュポいきたい。金麦で流し込みたい。トリスでキメたい。海の赤ちゃんになって、海のミルクを啜りたい。
久しぶりに生牡蠣を食べて自分がそうとうにこれを好んでいることを自覚した。はっきり言って狂おしいほどに好きだ。
まだ人生で牡蠣に当たったことはないから、このまま実績を積んでいって自分の中に生牡蠣の「安定性」を築き上げ、まずはメンタル面から生牡蠣に当たらないように強固な精神性を構築していこうと思う。