高校生のときだから、あれはもう10年以上前のことだ。
家の近所のオリジン弁当の店の隅で、ケースの中に食品サンプルが乱雑に置かれており、「ご自由にどうぞ」と札がかかっていたことがあった。
元来、拾い物が好きな私は一も二もなくケースに飛びついて、食品サンプルを物色した。これが本当に無料なのか。まごうことなき本物の食品を模った、本物の食品サンプルだった(書き方がややこしい)。
でもまぁ、無料で配るくらいのものだから、どれも使い古されてボロボロになったものばかりで、ホコリ被ったポテサラとかベトベトする漬物とか、そんなものばかりだった。質としては下の下である。廃棄するのも金がかかるから、客に配っている、それだけのことだった。
その中にトンカツのサンプルがあった。あざやかな衣にリアルなソースがかかっていて、他と比べたら幾分マシどころか、クオリティも高い。比較的に質も良かったので、ありがたく頂戴することにした。
翌日、それを持って学校に行った。
その日は中間試験か何かで、みんなで寄り集まって教科書を読み、最後の詰め込みをしていたところだった。
そこで私は「試験だから気合い入れなきゃね」などと言って、やおらカバンからビニール袋に入ったトンカツの食品サンプルを取り出して、みんなを仰天させたのだ。
私が素手でトンカツを掴んでいたのにまず驚き、それが食品サンプルだと知ってさらに目を丸くしていた。
こんなものどこで手に入れたんだ、と友だちに言われたことを覚えている。あれは、いい思い出だ。
いい思い出だが。
これ以降、トンカツの食品サンプルに関する記憶が一切ない。
家に持ち帰った記憶も、捨てた記憶も、あるいはどこかに保管している記憶も、まるで無い。
このように思い出深いモノに関しては、大抵は事の始末まで覚えているものだ。たとえば初めての恋人にもらったCDはなんとなく捨てられなくて、でも今の妻と暮らす家に持ってくるものじゃないから、たいていのCDは今暮らす家に運んだけど、そのCDだけはまだ実家のラックにある、とか。
トンカツ食品サンプルも相当印象深いものであるはずなのに、まるで幻のように記憶から消えてしまって、どこでどうなったのかわからない。あまりにも忽然と消えている。あの教室での光景を最後に途切れている。
オリジン弁当を見ると今でもそのことを考える。
そして、あれ以来、食品サンプルを配るオリジン弁当を見ていない。
本当にすべてが幻だったみたいだ。こうして書き留めておかないとぜんぶ嘘だったみたいだ。