蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

クジラの骨と海から生まれた書物の夢

象的な夢を見た。

 

夢の話なんぞをこの場ですることを許してほしい。

多くの場合、夢の話は支離滅裂だし、オチもないし、心理学者でもないからそのメタファーの意味するところを理解できようもないから、要するに退屈なものだ。それでも私は他人の夢の話は好きだ。なぜなら、支離滅裂でウケるので。

 

だから、あまり期待しないでほしい。きっと途中でダレてしまう。それに、あまり楽しい夢ではなかったのだ。そもそも楽しい夢なんて覚えてないものだけど。

 

 

*****

 

 

印象的な夢を見たのだ。

 

私は近所の海にいた。

太平洋に面した海岸の、長い砂浜がえんえんと続いている、その果てのない果てに私は立っていた。

太陽は鋭く輝き、波はきらきら光る。名前のない貝殻やサンゴの骨が落ちている。私はベージュの砂に埋もれたそれらを拾い歩いていた。

ゴミもたくさん混じっていて、というか、多くはプラスチックや紙片などのゴミで、いつのまにか私はゴミ拾いをしている。海を汚すなんて、誰だろう一体。許せない。

私は片手に冷たい貝殻を握りしめながら、背中の籠にゴミをしきりに入れていった。

毎年夏になるとパリピが集まってきて情緒のかけらもない海の家を建て、何一つ良くない、音楽みたいなほとんど現代念仏を大音量でかけて騒ぐ踊る乱交をするから、そのゴミが春になっても海に残っているのだ。

でも春の海は穏やかで水面の光は美しい。

 

 

ゴミを拾っていると、紙片が目立った。

紙片には細かい文字が書かれていて、どうやら本の一部らしかった。背の一部やしおり紐もあった。

また、ゴミに混じって白い木片のようなものも多くあって、なんだろうと思いながら背中の籠に突っ込んでいく。とにかく夢の中の私はゴミの類を許さない性質(たち)だった。

砂浜の端から拾っていって、だんだん波際に近づくと、紙片と木片のゴミはますます増える。なんなんだこれは。私は波に足を浸しながら、その大きな物体に目を奪われた。冷たい波が心地よく光り、「それ」に当たっては砕けちる。

それは、クジラの骨だった。私が木片だと思って集めていたのは、風化して剥がれた骨の一部だったのだ。

巨大な頭骨と倒木のような背骨、鉄格子みたいな あばら、そして、骨の周りに、まるで剥がれ落ちた肉体のように、破損した大量の本が波に揺れていた。骨は海ができるずっと昔からそこにあったみたいに堂々と、砂浜に根を張ったように波では少したりとも動かなかったが、その代わり、本がバラバラと波に遊ばれて、滅裂になっている。

 

 

 

*****

 

 

突然。

夢の中らしい場面転換で、私は海の図書館にいた。

そこは海岸にある施設で、大きな窓から海が見えるオーシャンビューを売りにしていた。ところで、seaとoceanの違いってなんだろう。どうだっていいのだけど。

 

図書館の本はどれもボロボロで、そのワケを聞くと司書の女性は事情を説明してくれた。

 

「この図書館にある本は、海岸に流れ着いた本を修復したものなのよ。だから、大きく破損していたり、中にはページの欠けているものもあるの」

 

本を開くと、磯と糊のかおりがして、それは新鮮な、採れたての本みたいなのだった。私の知らない外国のマイナーな小説ばかりだった。中には心惹かれる魅力的なタイトルもあった。忘れたが。

 

「南の方に出版社があってね、そこが売れない本を海に捨てるの。大雨の日とか台風の夜に。海流に乗せて北極まで運べばバレないと思ってんのね。ぜんぶここに流れ着いてるのに」

 

本に使われるインクが流れてしまうと魚に害を及ぼすし、本を飲み込んだ海洋動物がどうなるかわかったもんじゃない。もしかしたら、あのクジラは本を食べすぎて死んだのかもしれないな、と思った。

それに、本を売れないからって海に捨てるなんて、焚書よりもひどい、書物への冒涜だ。

 

司書さんの声には怒りが混じっていたけれど、どうやら素直には怒れないらしかった。

その理由が僕にはわかる。

ここの施設は、その不法に廃棄された本で成り立っていて、司書さんはそれを修復して売ることで毎日ご飯を食べれているのだ。

矛盾している。

本が好きなら、海が好きなら、許されるべきことじゃないのに、司書さんはその矛盾を享受して、海好きと本好きを喜ばせている。また、本の救済と海の環境維持にも繋がっていて、一見良い行いであるように見える。しかし、前提として、ビジネスのためには海洋汚染と書物への冒涜がなければならないのだ。それは矛盾だし、誠とは言いがたいことだった。

海が破壊され、本が投げられるたびに、司書さんの懐はあたたまり、潤う。それは喜びと悲しみでは語れない複雑な感情だ。遣る瀬無い、それしか言いようもない。波が寄せては返す。

 

床して数時間経つ今ならそう思うけど、夢の中での私は、素直に思ったことを彼女に伝えた。

    

 

でも、いいじゃない。

海から生まれた本なんて素敵だよ。

僕はそういう物語を書きたい。

 

司書さんは少し安心した顔をした。 

 

 

*****

 

 

  美しかったけど、淋しい夢だった。

 

 

海に図書館があったら素敵だと思う。