蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

夢の中の涙の温度

 日も夢の話になってしまうことを許してほしい。どうしても、書いておきたい夢を見たのだ。

 

 実は、おとといの晩に、海の書物の夢とは別に、もうひとつ別の夢を見ていた。それは、2月に亡くなった憎き父の夢だった。

arimeiro.hatenablog.com

 (おとといの晩に見た夢についてのブログ。たくさんの人に読んでもらえて嬉しいです!ありがとうございます!)

 

 

 父の出てくる夢は実に久しぶりだった。

 父が死んだ2月以来だったように思う。

 

 父の出てくる夢の話の前に、その晩に起こった出来事と、これまでに起こった出来事について簡単に説明しようと思う。

 

 

*****

 

 

arimeiro.hatenablog.com

 父親が死んだときの話と、私と父の関係などについては、あらためて説明すると小説のように長くなってしまうので、上の記事を読んでいただけると嬉しい。

 

 

 さて、父が死んで3カ月余りが経った。

 5月、私たち家族は壮絶な相続問題に悩まされていた。

 

 相続の諸問題は詳細を書くと特定されかねないほど複雑な構図になっており、あらゆる登場人物の思惑が重なり合って共鳴し、反発し合う、その辺のドラマよりもドラマな群像劇と化している。

 まず父には家庭が3つあったのだけど、と書くだけでどう複雑なことになっているのかお分かりだろう。アラビア人かよ。

 

 父には複数の家庭もあるし、会社もある。

 長男である私は周りから会社を継げば、と脅され、それを突っぱねた。

 ふざけるな。

 私は、私の人生を、父に蹂躙されるのはもうたくさんだった。

 

 「会社が稼いだお金で大学まで出させてもらったのに」と嫌味を言われもした。

 確かにその通りだ。しかしなんて恩着せがましいのだろう。恩とは着させられるものではなく、自分から着るものだ。私は「会社のお金で養ってくれ」なんて頼んだ覚えはない。

 「お父さんが作り上げてきた会社を人の手に渡してもいいのか」とか「あんなに素晴らしいお父さん他にいないよ」とかいろいろなことを言われ、言う奴らは私に会社を継がせようとそんなことを言ってきたのだろうが、言われるたびに私の中で「絶対に継がない」という意志が強固になっていったのだから皮肉なものだ。

 

 私は絶対に継がない。

 

 そう周りにも発表し、私は私の人生を切り開く宣言をしたところ、とりあえず事態は収拾して、誰も会社を継ぐように言ってこなくなった。

 

 他にも面倒くさいことは多々あって、何人か関係者は精神を病み、手のつけようもない悪魔みたいな相続人が現れたり、悪徳税理士にかき回されたり、さんざんな目に遭ったのだが(現在進行形で遭っているのだが)、やはり身元を特定されかねないので詳細は書かないでおこう。

 ほんとうは一切の出来事を書きたいのだが、ここはインターネット、いつ身元がバレてもおかしくないので、勘弁してほしい。いつか必ず父のことと相続の事件を小説仕立てにして本にするので、数十年先まで待っていてください。ぜったいに面白いから、ぜったいに買ってね。

 

 とにもかくにも、精神的に疲れ切った私たち家族は個人的に弁護士を雇い、弁護士に一切を丸投げした。

 弁護士を介して行動するようになったので、もう嫌な連絡は来なくなったし、悪魔と接触しなくてもよくなった。ここまでが5月のことだ。

 

 

 

 そして、すこし落ち着きのなかにあった一昨日の晩、父の会社の役員の方からなんの説明もなく「一度お会いできませんか」とLINEがきた。

 理由も要件も説明せずにそんな会ってくれだなんて、会いたいわけないだろう。

 もしも会社関連のことで相談があったとしても、私には何の力もないし、関わりもない。名前だけ取締役に置いているけど(父が生前、勝手に私の名前を使ったのだ。犯罪である)、なんの効力もない。

 会いたいわけないだろ。だから、電話ならいい、と伝えた。

 その晩、電話はかかってこなかった。昨晩も、そして今晩もかかってこない。

 いつかかってくるのだろうか?

 不安だ。憂鬱だ。

 

 私はもう、できるだけ父関連のことに関わりたくないのだ。もう十分、人生を引っ掻き回された。

 私たち家族を捨て、母を精神病に陥れ、私の青春を捩じれたものにし、妹を悲しませた父のことを、死んだときに許しはしたけれど、それはそれとして、私はもう関わりたくないのだ。

 そんな私の一方で、妹と母は相続や会社に積極的に関わり、闘っている。

 私は弱い。長男としてしっかりしなきゃいけないのに。

 

 

 今までずいぶんしっかりしてきた。

 いろいろな人から「蟻迷路はしっかりしてるね」と言われる。そうかもしれない。なぜなら、妹が自閉症不登校になり、母が精神病になって引き篭もり、父が家を出て行ったとき、少なくともまともだったのは私だけだったからだ。

 学校から帰って母が倒れていたら救急車を呼んで病院まで付き添い、母の代わりに妹の二者面談に行ったこともある。私がまだ小学生とか中学生のころだ。

 しっかりしようと思ってもしっかりできるものではなく、環境が私を「しっかり者」にしたのだ。

 

 そんな成長過程の結果、私は誰にも甘えられなくなってしまった。

 

 べつに辛いことじゃない。

 なんでも自分でやった方が早いし、誰かになすりつけたり任せるよりは自分で責任を負った方が私はやりやすい。

 恋人ができて、はじめて心から甘えられる人ができたけど、恋人だって一人の人間で、彼女が落ち込んでいるとき、私は甘えたいのではなく支えたい。パートナーとして。

 5月はふつうに5月病になったりしたこともあって、ふつうにかなりキツかったのだが、恋人は恋人で人生の局面に立たされてキツそうだったし、恋人に比べたら私はまだマシだったので彼女を支えることに徹していたところ、私はそんなに自分のメンタルケアが得意ではなかったようで、彼女の鬱を半分くらい貰ってしまった。

 そんなこんなで苦難に満ちた5月が終わり、誰にも甘えることなくひとりですべて抱え込んでいたら、6月に入ったとたん、駄目になった。

 落ち込んだ。

 そこにきて、先に書いた、父の会社の方から不穏な連絡が来たのだ。

 

 ハイパー鬱。

 死のうと思って街中をニヤニヤしながら歩いた。

 

 

 前置きがかなり長くなったけど、これから書く「夢」は、そんな状況の中の私の深層心理が見せた「夢」だった。

 

 

*****

 

 

 こんな夢だった。

 

 冬のある日、毎月のように、父がうちに生活費を届けにやってきた。

 月に一度、父はうちに来て、生活費を手で渡してくれる。そのときに、父親らしく説教くさいことを話したり、父親らしく子どもたちの心配をしてくれるのだが、私はそれが大嫌いで、父が死ぬ前の半年は、父が来た際は狸寝入りをしていた。

 

 だが、夢の中では、私は父と面と向かい、金を受け取った。

 父は疲れ切った顔で説教をする。人生はこうあるべきだ、男ならこうするんだ、金は足りてるか、誰かを愛しているか。

 大嫌いだった。

 父親とも思いたくない父親が、父親らしく話をするなんて、耐え難かった。そのたびに私の心は踏みにじられた。だから狸寝入りをしていたのだけど、夢の中での私は「嫌だな」と思いながら父の話を真面目に聞いていたのだから不思議だ。

 

 そこであることに気付いた。

 父が既に死んでいることを、夢の中の私は知っているのだ。「死んでいるのに偉そうで嫌だな」なんて思いながら父の説教を聞いていた。

 そして、父は、自分がとっくに死んでしまっていることを、知らない。まだ生きていて、このあと仕事なんだとでも言いたげにぴんぴんしているのだ。

 まるで本当に生きているみたいに、夢の中とは思えないほど父は活き活きとしていて、懐かしい声が懐かしいと思えないほどありありと再生され、父のにおいまでした。

 夢の中でまだ父は生きていたのだ。父の遺した言葉が生きているみたいに。

 

 それでも私は嬉しかったわけではなくて、さっさと帰らないかな、と説教を聞き流していた。

 

 ようやく父が帰る段になって、玄関まで私一人で見送った。父は言いたいことを言って満足げだった。その言葉はなにひとつ私に心に届いていなかったが。

 父は安物の靴を履いて、私の目を見て、寂しそうに微笑み、言った。

 

「なあ、おれがいなくなってから、しっかりやれているか?」

 

 この一言は、父は自分の死をわかっているということを意味していた。

 そして、その一言は、私を心から心配して発した一言なのであった。

 

「ぜん……ぜ……大じょぶじゃ……」

 全然大丈夫じゃない。勝手に死にやがって大変なことになってるんだ。ふざけんな。そう言いたかったのに、ぼろぼろ熱い涙が止まらなくて、ぜんぜん喋れなかった。

 しゃくりあげて、びしゃびしゃになって泣く私の震える肩に父は大きな温かい手をのせて、ぽんぽんと叩いた。

 

 私の姿は子どもになっていて、父は大きく見えた。

 大嫌いな父のことがまだ大好きだったころの、私になっていた。

 あの頃は、家族みんなが健康で、家に帰るとお母さんがお菓子を作っていてくれて、寝る前にお父さんが昔話をしてくれて、毎年夏に旅行に行って、庭で妹と犬と遊んで……父のことが大好きだったあの頃の私が、夢の中で泣いていた。

 その涙はびっくりするくらい熱くて、私の体温を根こそぎ奪っていきそうだった。

 父はずっと私の肩に手を置いていた。そのとき何かを言っていたのだが、忘れてしまったな。

 

 

 私は、ずっとずっと父に甘えたかったのだ。

 あの頃に戻りたかったのだ。親への甘えと恋人への甘えは根本的に違う。私は親に甘えるべきなにかを、「しっかりすること」で隠しきったまま、そのうち忘れて大人になってしまったのだった。その素直なことに、夢で気付いた。

 

 そのことがわかっただけで、夢で父に会えてよかったと、生まれて初めて思った。

 もしかしたら、あの世から父が私の夢に出張に来てくれたのかもしれない。

 

 嬉しいけど、そんなに頻繁に来てほしくなはいな。

 次は1年後がいい。

 

 

*****

 

 

 そんなこんなで夢から醒めると、頬が濡れていたので驚いた。本当に泣いていたんだ。

 あれだけ熱かった涙は、朝の中で冷え切って、頬を寒くする。

 それが、現実に戻ってきたのだということを、思い知らせた。

 

 

 私はこれからもしっかりしなきゃいけない。何といっても、もう社会人なのだ。守りたい人もいるし、それはこれから増えるだろう。だから、しっかりしなきゃいけない。

 恋人に甘えることもするけど、それとこれとは何かが大いに違う。

 だからこそ、私はしっかりしなきゃいけない。恋人を支えるためにも。支え合うためにも。

 

 

 

 でも、夢を見て、思ったのだ。

 自分にくらい、素直に甘えてもいいんじゃないか、と。