蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

三十六 「山伏舟祈返事」(宇治拾遺物語)巻3-4

かしむかし、福井県の甲楽城(こうらき)の渡し場という所で、海を渡ろうとする者どもの集まる中に一人の山伏(やまぶし)がいた。

山伏というのは仏道修行のために山野で寝起きする修験者で、当然サバイバルの達人で腕っぷしも立つ場合が多いが、この山伏がどうだったのかは現代では一切不明である。

この山伏、名をKeitauboといって、今となってはどういう由来の者でどういった字をあてられていたのかもよくわかっていないが、経歴だけはすごいことが現在まで伝わっており、熊野、御嶽、白山、伯耆(ほうき)の大山、出雲の鰐淵(わにぶち)など、大方の有名どころでは修行を済ませている、業界では顔の知られた人であった。

でも実際どうだったかってわからなくないですか?(突然すみません)

やたらめったに手を出して結局なにもものにできず、ただ経歴欄に書くことが増えてる、みたいな、経歴と実績が伴っていない人、いますよね(汗)

Keitauboもそういう人だったのでしょうか?

それを確かめるべく、続きをどうぞ!(失礼いたしました(汗))

 

 

さてこの渡し場で対岸へ渡りたいKeitauboだが、ラッシュ時にぶつかってしまい人がわんさかいた。

現代とは違って渡し舟は山手線のように2分おきには来ないから、一度逃すと相応の時間を待たねばならない、にもかかわらず駄賃が必要なところは現代と変わらず、各々が船賃を渡す。

Keitauboは渡し守(運転手)に「おれを向こう岸へ渡せ」とやや上から言った。

しかし渡し守はそれを聞き入れず舟を漕ぎだし、Keitauboを置いて行った。Keitauboの言うことを一切聞き入れず、がむしゃらに、まっすぐに、舟を漕ぎ出して、とっとと行ってしまった。

 

「ひどすぎる」

 

たしかに酷い。なぜKeitauboは置いていかれたのだろうか?

その真相はわからないが、訳者的には、もしかしてKeitaubo、船賃を渡していないのではないだろうか、と思う。

山伏みたいなサバイバーで且つ修行者なら金を持っていなくても不思議ではない。それに、修行をしているという点でそこらの愚かな人たちよりも徳が高く、社会的地位も上、なので、Keitaubo的にも「ここは当然金なんぞ支払わなくても船に乗せてもらえるだろう」と思っていたのではないだろうか。だが真相はわからない。マジで無視されたのかもしれない。

 

「ひどすぎる」

 

もう一度口にして言ってみた。

ますます惨めな気持ちになってきて、我慢できず、数珠を取り出して歯を食いしばり、数珠を激しく揉みこんだ。過度のストレスを受けるとKeitauboは突飛にこのような行動をとり、ひたすらがちゃがちゃと数珠を揉みこみ、汗を流さんばかりに歯を食いしばるのであった。

数珠を激しく揉んでいるとストレスが発散されるのだろうか?

実はそうではない。

これは祈祷、つまり、自分の願いを叶えようと、激しく祈っているのである。

 

こういう行動は、社会人としてどうだろうか。

それを見た渡し守は「馬鹿だなぁ」と一瞥して漕ぎに専念し、スイスイと四百メートルほど先へ進んでしまった。────ヤバイ人は相手にしないほうがいい。渡し守は正しかった。

Keitauboは目を赤くし、砂に足を半分ほど埋めて「返ってきなさい、返ってきなさい」と叫んだ。

しかし、なおも舟は進みゆく。それを見たKeitauboは躊躇せず念珠と袈裟を脱いで波打ち際に走り「仏よ!舟を返さないなら、ここで仏道とは永久に決別するからな!!」と叫んで、袈裟を海へ捨てようとした。

周囲にいた人々は、はっきり言って、ドン引きしていた。

もう一度問うが、こういった行動は、社会人としてどうだろうか。

 

しかし、こうしている間に、風が吹いていないにもかかわらず、舟がこちら岸へ流されてくるではないか。それを見たKeitauboは「はは、寄ってきた寄ってきた。はやく連れてきてください」とさらに念じて数珠を振り回した。

人々は顔色を変え、そうする間にも舟は百メートルほどのところへ戻ってくる。

霊験?マジで修行するとそういうパワーが目覚めるの?

わからないが、人々が見守っていると、Keitauboは調子付き「今度はひっくり返れ。舟をひっくり返してください。ひっくり返せ!ひっくり返せ!!」と叫んだ。

「なんて恥ずかしい男だ。大罪だからやめなさい。そのままにしときなさい」と人々は諫めたが、聞かぬKeitouboには効かぬ、「ひっくり返れ!!!!!」と今日一番の大声で叫んだ。

そのとき、舟に乗っていた二十人余りがずぶりとひっくり返り、舟は沈没した。

 

この最低な世界でも、仏法の力はまだまだあらかたなものなのである。

Keitauboは汗をぬぐい、「見たか、仏法の威力」と吐き捨ててその場を後にした。

 

 

結局舟には乗らんのかい。