蟻は今日も迷路を作って

蟻迷路(ありめいろ)の文章ブログ。小説、エッセイ、真面目な話からそうでない話まで。Twitter→@arimeiro

よい風が吹く季節

近は資格の勉強を始めたこともあって、帰宅後、結構忙しい。

食事して片付けしたらだいたい20時半か21時を回っていて、そこからフィット・ボクシングで1時間弱汗を流し、シャワーを浴びて、1時間ほど勉強をすればもう23時を過ぎているのだ。

ずっと恋人を放置しているとスネるので、アイスなどを食べながら喋ったり動画を観たり「逆転裁判」を遊んだりして一時間を過ごす。

彼女が寝てから、そうしてようやくブログを書きはじめるのだ。

このサイクルは残業しなかった場合で、残業すると予定が後ろへずれ込み悲惨なことになる。最悪の場合、ブログは諦める。

 

ほんとうはずっとダラダラしていたい。恋人とつっつき合ったり冗談を言って笑ったり、変な替え歌をして笑い転げて疲れて眠りたい。もうそれだけでいい。それ以上なにもいらない。

だけどそうもいかない。なぜだろう。

私は大して熱意もない資格試験の出題範囲の数学に脳みそを引き絞って理解に努め、フィット・ボクシングで過酷な運動を重ねなければならない。

自分でもなにがしたいのかわからないが、とにかくやると決めた以上、やらねばならない。こんなバカなことをするのは人間くらいだ。人間だけが生きたいように生きられない。なにもしたくない。球体の猫になりたい。

 

だが。

 

だが一方で、充実しているな、とも思う。

なにもしないよりずっと良いな、とさえ思っている。

 

だらだらしていたいくせに、やることがいくつかあってリズムを取って生活している方が充実して生きた心地のする。凪いだ海よりも少し波のある方がいいのだ。

風が止んでは船は進まない。

なにごとも成長、前進、発展だけが良いことだなんて考える人は貧しい感性だと思うが、だけども、前進が自己肯定感を上げてくれることも確かで、それなら私は心の豊かさのために前に進みたいと思っている。

なんなら後退、などという言葉は私のなかには無く、それはただ後ろに進んでいるだけなのだ。

前に進んでも後ろに進んでも、別の景色が見えたときにを楽しめるようにしておかなければならない。

なにかしらでやるべきことがあって動いていると、どちらかには進んでいる実感があって、疲労は心地よくも感じられる。

今、いい感じだ。かなり。

 

 

ああ、珍しくプラス思考。どうしたんだろう。

五月病の「躁」の部分かな。良い季節だ。良い風が吹いてる。