蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

辞めるブーム/騙し騙し/猫の国

ごろ職場で「辞める」という単語をよく耳にする。

実際に他のチームでは給料の分が悪くて辞める同い年の子もいる。たぶんそのことがみんなの中でなにか一つの心の動きのきっかけになっているのだろう。

「人も減るしなぁ」と直属の上司は言った。

それがその人のことを指してるのか、はたまた違う人なのかは定かではない。私の知らないところでまた誰かが辞める動きを見せているのかもしれない。

「あの部署に異動するくらいなら辞めますよ」ひとつ上の先輩が電話でそう言っているのを聞いた。

その部署はパワハラ気味の部長がいて、ブラックボックス化しているボロボロのシステムに頼りきっているやばい部署なのだ。人の入れ替わりが激しく、四半期に一度は人員を募集している。

 

なんだかみんな限界に思うところがあるのかもしれない。

 

漠然と、仕事を辞めることを考えてる。

なにがつらいのかはっきりしているけど、それを言葉にすると単なる甘えだったり先見の無さだったり無責任だと言われそうであまりうまく考えられない。

これからどうしたいのか考えるともっと頭が痛くなる。私はどうしたいのかまるでわからないのだ。

仕事を辞めたいと恋人に相談すると、転職経験のある彼女にとって私の態度は「甘い」らしく、実際甘いのだからなにも言い返せず、どうしたらいいのかわからない。

「今コロナで難しいし、業務も人足りてなくて忙しいしな……」

なにか理由をつけて目を逸らしている。

私はなにか仕事にモチベーションが欲しいのだ。資格を取ろうと頑張りたいと思える仕事をしたいのだ。

でもそんなものが無い。できれば働かずに生きていきたい。

 

苦痛がなくなればもっと穏やかでいいと思う。

猫の恩返し』に登場する「猫の国」は自分の時間を生きられなくなった奴の行くところ、と揶揄されていたが、彼女と観ていて、でも自分の時間を生きられなくなってもいいから猫の国で猫になって暮らしたいよね、と「猫の国」の悪い側面に簡単に染まってしまった。

自分の時間を生きられなくなった奴が、それから逃れるために行く場所、現実逃避の国。

猫になれたらそれが一番いいに決まってる。

主人公のハルちゃんは自分の時間を生きていいと気付き、現実世界へ脱出する。

中高生のときに観るのと、社会人になってから観るのとでは価値観が変わってくる映画だと思った。

 

我々は粛々と生きるしかないのか。

そう考えるほど生きるとは死ぬまでの暇潰しに過ぎないのではないかと思えてしまう。

それなら自分の時間を生きたいものだ。