妻は不思議な女の子だ。
もう女の子という年齢でもないのだけど、万が一ブログを見られたときに「妻は不思議な女だ」と冒頭に書いてあるよりも「女の子」としていたほうがのちの言及を避けられる可能性が高いので、女の子、とした。ご理解とご了承のほどをお願い申し上げたい。
──そんなうちの妻は、いくつか不思議な能力を持っている。
まず、耳がいい。
どんな歌も一度聴けばなんとなく覚えてしまう。
だから朝聴いた曲を一日中口ずさんでいるし、ハマれば数か月は口ずさみ続けるのでこちらの気が狂いそうになるのだが、完璧には覚えられなくても、ひとたび聴けばそれなりに記憶に残すことができるというのは羨ましい能力である。
私なんかは数回繰り返し聴かないとうまくメロディーを覚えられないというか、認識すらもできない。……私が異常なのだろうか?リズム感も皆無だし。
そして妻は言霊(コトダマ)を行使できる。
「ケーキが食べたい」と言葉にすれば目の前にケーキが出てくるとか、すべての願いが叶うとか、そういうすごいものではないのだけど、強く願ったもののうち実現可能なものについては、結構叶えていたりする。
たとえば、3ヶ月くらいの間、毎日のように痩せたい痩せたいと呟いていたら、本当に痩せたことがある。
ほかには、妻がひどい腰痛になってしまって、いくら忠告しても病院に行かなかったのだが、妻は言霊の力で急に治してしまったことがある。湿布が全然効いていなかったのに、妻のなんらかの呪いの力により、痛みを粉砕したのである。
また、言霊を使って虫を殺したこともある。呪殺(じゅさつ)である。
妻が家に帰ると大きめの羽虫がいたのだが、私が不在にしていたのでどうすることもできず、怯えていたという。妻は虫を呪った。もう出てくるな。家から出ていけとは言わん。ここで死ね。命を絶えろ。消え失せろ。
呪うことしばらくして、私が帰宅した。私が休む間を与えることなく虫退治を依頼してきた。帰って早々殺生をしろというのは酷だったが、私も虫は嫌いなので、殺す気で部屋中を探した。
しかし、結局虫は出てこなかった。
羽の音すらしない。試しにリビングの明かりだけをつけておびき寄せようとしたのだが、ブンのひとつも音がしない。
「わたしが、呪い殺したんだ」
これにより、妻の言霊は我が家で確たる地位を築いた。
虫に等しい魂の私なんかは、もう妻には逆らえない。