仕事終わりに妻から「ジンギスカン食べたい」とLINEが来た。
それで「じゃあ食べに行こうか」となれるのは、子どももいない、結婚4年目の30歳夫婦の身軽さゆえだろう。
行ったこともない地元のジンギスカン屋を調べて、駅で待ち合わせし、つい30分前までそんな気は全くなかったのに、突然ジンギスカンを食べることになった。

美味しかった。
へんなクセもないし、血生臭くもないし、むしろ牛肉よりも食べやすいと感じた。脂もこってりしていなくて甘味がある。程よい歯応えの肉に新鮮さを感じる。
ジンギスカンはこれまであまり食べる機会がなかったが、調べてみると最寄駅の近くに何軒かあるようで、焼肉屋ほど多くはないものの、行こうと思えばいつだって行ける類いの店だとわかった。これから折りを見て足を運びたいと思う。
焼肉は正直あまり得意ではなくて、いつも胃もたれしてしまう。牛肉の脂があまり体に合わないのかもしれない。
でも、焼肉の雰囲気を味わいたいときはある。
そういうときは、これからはジンギスカンを食べるようにしよう。
しかしこの店、平日の夜ということもあるのだろうが、席数に対してあまりにも客が少なかった。
私と妻を入れて、5名である。
私たちの入店を最後に、元来わずかだった客足も途絶えたと見えて、都合60分程度食事をしていたのだが、その間来客は0だった。
もともといた客の一人はよくわからぬオヤジで、しきりに女性店員に話しかけては長話をするというていの、ジンギスカン屋をスナックか何かと勘違いしている様子であった。盛んな量の肉を独りで食べながら通りがかった女性店員に声をかけていて、店員さんも困惑しながら長話を聞いて相槌を打つしかなく、傍目に見ていて不快そのものだった。
こういうオヤジにはなりたくねぇな。
でもこういう人が、たとえば、自宅では長患いを抱えた実妹の介護をしており、それ以外に家族もなく、たまの息抜きにジンギスカン屋で一人贅沢をしているのだとしたら……などと素性も知らぬ人の架空の多面性を想像してしまい、ラム肉の味がしなくなってきた。
「どうかしたの?」と心配する妻。
自分でもどうかしていると思う。
とっとと食事を済ませよう。
店を出て、あの店潰れないといいね、などと話しながら帰路を歩く。美味しかったので、また行きたい。
いつもの平日の夜から、にわかに横道に逸れて非日常的な夕飯を楽しんだ夜。ジンギスカン屋を出て夜風に吹かれていると、そのいつもの平日に少しずつ引き戻されていく感じがする。
雑踏を歩きながら服から漂うジンギスカンのにおいが気になったのも、一興だ。