「仕事がつらいの。今週はもうダメみたい。帰りにケーキ買ってくるね」
と妻からLINEが入っていたのはちょうどお昼過ぎのことだった。
いま絶賛、仕事イヤイヤ期らしくて、たしかに朝から憂鬱そうな顔色をしていた。
それでその憂鬱とケーキがどう結びつくのかというと、なにも憂鬱を祝ってのケーキでないことは明白である。
憂鬱を癒すためにケーキを買うということを妻は稀にやる。
なるほどケーキを買って帰るとはずいぶんやられてるなということがわかる妻のLINEは端的で簡潔な文だと賞賛に値するが、妻は賞賛よりもケーキを求めていることはこれもまた明白なので、「わかった」とだけ返信した。
可哀想な妻のため、やるべき仕事をほっぽり出して、早めに帰宅した。
妻が自分に買ったケーキはショートケーキで、私にはチーズケーキだった。
先日もチーズケーキを食べたばかりだが、チーズケーキに関してはいつどれだけどれくらいの頻度で食べてもまったく問題ない。
最近は生クリームとチョコレートが胃に重くて、チーズケーキかフルーツタルトしかダメになつちまつた、という汚れつちまつた悲しい背景もあるのだが。
夜に食べるケーキって、昼に食べるケーキよりも美味しい。
糖質のこととか、カロリーのこととか、一緒に飲んだ紅茶のカフェインのこととか、健康とダイエット被害の多さに眩暈がするようだけど、健康とダイエットに悪ければ悪いほど美味しくなるのが夜のケーキだ。
ねちっとしたチーズに、クッキーのようにザクッとした底の生地。かなり密度が高くてフォークで切るのは難しく、それがなんだか嬉しくて仕方ない。
濃密で、脳に響く美味さだ。
「今まででいちばん美味しかったチーズケーキはどこの?」と訊かれて、ふと返答に困る。
今食べているこのチーズケーキも相当美味しいが、猛烈にいちばん美味しいかと言うと、そうでもない。
じゃあ美味しさが記憶に残っているチーズケーキはあるかというと、これも、ない。
いろいろなカフェでチーズケーキを嗜んできたはずなのだが、思い出すのはその店の雰囲気とか建物の色合いとか、隣に座っていた妻のことばかりだ。実を言うと、妻以外の女の子のことも思い出す。すぐに別れちゃった子のことだ。
まったく。チーズケーキの美味しさをほとんど覚えていない。
「チーズケーキはどこのものを食べてもハズレることはないけど、特別にここが美味しいということもない気がする」
と答えて、自分は保守的なのかもしれないと思った。
とりあえず今食べているこのチーズケーキはかなり美味しい。
お店(テイクアウト)──近江屋洋菓子店