9連休が終わる。
大好きな9連休。楽しかった9連休。
今わたしの願いごとが叶うならば休みがほしい。
9万連休ほしい。
5億円もほしい。
は〜…
などと言っていてもどうしようもなく、避けようもなく平日はやってきて、考えるほどに頭が締め付けられるような気持ちになる労働の日々にまた戻らねばならない。
働かないと食えない。働かないとライブに行けない。働かないと本が読めない。働かないと何もできない。
労働とは人間に課された罰の一種である。
連休の最後の夜はどう過ごせばいいのだろう。
私の場合は、絶対にやることとして、すなわち、浴びるほど酒を飲むのはマストである。
酒酒酒酒。
寝る間際の記憶がなくなるくらい痛飲する。こうすると嫌な気持ちを忘れられるのだ。
せめて休みをギリギリまで楽しい気持ちでいるためには過度のアルコールに頼らざるをえない。濃いめのハイボール、濃いめのチューハイ、日本酒……すべては夜を失うために存在する。
濃い酒を飲みながら、お気に入りのハロプロ動画を見て涙したり、好きな曲の歌詞を読んだりして泣く。
魂のデトックスである。
それからあとやることといえば、これは現実的で申し訳ないのだが、料理をしなければならない。
平日を生きるための作り置きをするのだ。
なるべく、しかし手軽さも忘れないくらいの、ほどよく時間と手間のかかる料理がいい。

冬休みの最後の日には角煮大根を作った。
料理は良い。
豚バラブロックを刻むとき、大根をいちょう切りするとき、生姜を潰して刻むとき、ネギの青いところを千切るとき、コトコトと煮詰めてアクを掬う時間の中に、自分を労り日々を慈しむある種の救済、慈愛のようなものを感じ取れる。自分自身を大切にするための儀式のようなものだ。
角煮の粗熱を取り、タッパーに詰める。
明日の夜は帰ってタッパーから食べるぶんだけ皿に移して、電子レンジで温めて、からしを付けて食べるのだ。
明日を生きるための、明日の自分に期待するための、明日の自分を見捨てない料理だ。
角煮があるだけで、明日からもなんとかやっていけそうな気がする。
あ〜50億円ほしい。