蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

西から昇ったお日様が東へ沈んでいいワケねぇだろ

 ずかしい話、中学生になるまで太陽は西から昇って東へ沈むと思っていた。

 

 原因はあの曲である。

youtu.be

 天才バカボン」のオープニングである。

 

 小学生のころは学校から帰るとひとまず公園に木登りに行き、満足するまで登ったら下りて木の実を食べ、ダンゴムシをいじめ、いじめつくしたら家に帰りアニマックスでバカボンを視聴していた。

 アニマックスでは「バカボン」や「ぴょん吉」(名前忘れた)、「キテレツ大百科」の再放送が頻繁にされていたので、古い絵柄だなぁと思いつつも毎日視聴していた。すこし遅い時間になると「ドラゴンボールZ」を見ていた。

 ドラゴンボールは引き延ばしがとてつもなく長くて、セルゲームいつ始まるん?からセルゲームいつ終わるん?ってくらいかめはめ波で押し問答していた。「ド根性ガエル」(名前思い出した)の方がよっぽど話のテンポがよかった。

 ドラゴンボールZの話はいい。バカボンの話だ。

 

  西から昇ったおひさまが 東へ沈む

     (あったいへ~ん)

  これでいいのだ これでいいのだ

  ボンボンバカボンバカボンボン

  天才一家だ バカボン

 

 今思うとこの歌詞、狂気が足りないな。

 「おどるぽんぽこりん」の不条理さに比べたら敵わない。参考までに「おどるぽんぽこりん」の歌詞を書き出しておこう。

 

   「おどるポンポコリン」 

               作詞:さくらももこ

 

   なんでもかんでもみんな 

           おどりをおどっているよ

   おなべの中からボワッと(ボワッと)

           インチキおじさん登場

   いつだって忘れないエジソン

           えらい人 そんなの常識 

   タッタタラリラ

   ピーヒャラピーヒャラ パッパパラパ

   ピ(省略)  おへそがちらり

   タッタタラリラ

   ピー(省略) おどるポンポコリン

   ピーヒャラピ おなかがへったよ

 

 意味不明である。

 サビに入るまでの歌詞では行ごとの関連性がまったく見出せず、Twitterみたいに言いたいことを言ってるだけみたいだ。

 サビはサビで「意味」から逸脱しており、オチはどうなるのかな、と心配していると「おなかがへったよ」で終わり。

 言葉の「意味から逃れられない」というジレンマから完全に抜けていて、この作詞だけでさくらももこがいかに鬼才であったかを思い知らされる。さくらももこのエッセイはすべて読んだのだが(マジです)、彼女は神がかりだった。

 「おどるぽんぽこりん」のはなしはいい。「バカボン」に話を戻そう。

 

 そういうわけで、バカボン教育を受けた私はすっかり太陽は西から東へ昇るものだと信じていた。

 このOPは真実とは異なることやアホらしいことを「それでいいのだ」と肯定し、視聴者自身が心の内で「イイワケないだろ」とツッコむことで笑いを引き出す構造になっているが、視聴者が私のように馬鹿だったらその笑いは起きない。なにが(あったいへ~ん)なのかよくわかっていなかった。

 私は口を半開きにしてぼけーっと「西から昇ったお日様は東へ沈む」偽(ぎ)を真に受けて成長してしまった。子どもなのだ。疑うことを知らない。

 

 小学校の理科の授業で太陽は東から昇ることを教わったかもしれないが、授業をまともに聞いていなかったので覚えていない。ノートにマンガを描いていた。授業は聞くものである、ということを中学になって覚えたので、中学の理科ではじめて「太陽は東から昇る」ことを知り、同時にようやく「バカボン」OPの(あったいへ~ん)の意味が理解できたのだった。

 

 さすがにテストで間違えることはなかったけれど、「太陽はどちらから昇る?」と訊ねられたら一旦頭の中でバカボンOPを流し、「西から昇ったおひさまが東へ沈む の逆」と論理演算を行わねばならず、「東」と答えるのにややタイムラグが生じる。

 さすがに24年生きているのでタイムラグも縮んではいるけど、「バカボン」のチャラチャラしたメロディはなおも頭をよぎる。

 

 弊害はこれだけではなくて、私の頭の中で東西はイメージで印象付けられており、東は西で、西は東、みたいなイメージがある。

 どうだ、わけわからないだろう。

 バカボンOPのせいで太陽は西から昇るものだと信じていた時分、西=太陽が顔を出す方向、つまり北を向いた時に右手の方、と印象付けられ、また、西は太陽が昇るということでなにかと発展的なイメージがついてしまった。つまり、東西の区別をバカボンで覚えてしまったのだ。

 だから、たとえば新宿駅東口で待ち合わせね、と言われると、一瞬西口の光景がイメージされる。アメリカ大陸西海岸はロサンゼルスではなく、マンハッタンが想起される。西洋の東欧なんて言われると、えーと、となる。中東、と言われると???となる。

 

 さすがに24年も生きてきたので間違えることはないけど、いちいち頭の中で「西海岸は『西から昇ったおひさま』の逆、つまり左手の方向であるから、マンハッタンは東になり、ロサンゼルスが西海岸か」と複雑な論理演算をまばたきの合間にせねばならず、疲れる。

 ぱっと思い浮かぶようになりたい。

 西は左で東は右。

 間違えるとかなり恥ずかしい思いをするので、間違っていてイイワケない。

 

 

 西は太陽が……沈む方で東は昇る方。

 うん。

 これでいいのだ。