なぜなのかまったくわからないのだが、今日だけで寺の坊主を4〜5人、駅で目撃した。
ある坊主は黄色い線の内側でやはり坊主らしく道徳観念が強いのだろうか、ジッとして整列していたし、ある坊主は自動改札をICカードで通り抜けていた。
知らない人のために説明すると、都会の改札の多くは自動であり、今どき切符もほとんど見ない。ICカードという、改札にかざすだけで通り抜けることのできる半ば魔術のような磁気カードで運賃精算をするのだ。
何も知らない田舎者のことは放っておくとして、なぜ今日に限ってこんなに坊主を見るのだろう?しかも駅で。坊主オンリーのフェスでもあるのだろうか?
恋人曰く、東京は今週末あたりからお盆らしい。そういった仏教行事には疎いので知らなかった。
東京は流行を先取りしているので、お盆だって早いのだ。だから、坊主が忙しなく駅の改札を出たり入ったり出たり入ったりしていたのかもしれない。イン・アウト・イン・アウト。
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それにしても、整列乗車していた坊主、なんとなく場違い感があったな。
スーツに混じって袈裟(けさ)がいると、それだけで芸術作品みたいな「メッセージ性」のある光景になる。
袈裟の坊主がきちんと整列してスマホをいじっている。やがて山手線の陰に消える。異形の念仏がきこえる。
それは芸術としては、まあ良いのかもしれないが、ここは芸術ではない。帰宅経路である。帰宅経路に坊主がヌッと立っていると、特にくたびれた人々の潰乱(かいらん)としたホームに立たれると、いかにも場違いでおかしみがある。坊主はハゲている時点で滑稽であることを自覚すべきだ。
この違和感はなんだろうか?
要するに、坊主が電車に乗っていることがなんだかおかしいのだ。
仏道が生活に根ざしていて毎日お坊さんに会っています、という人はあるいはこの違和感を抱かないかもしれないけど、私みたいな仏教に関わりの薄い人間は、坊主といえば法事か葬式、墓参り、というマイナーなイメージがあって、その存在は日常から逸脱したところに置かれているから、日常の光景の中にポッと「逸脱」を入られると、なんだかシュールギャグみたいでおかしみがあるのだ。
また、袈裟、という古い格好にも違和感は起因する。坊主が近代的なことをしていると、チョンマゲ時代からタイムスリップしてきた人に見えて仕方ない。へぇ〜、スマホ使えるんだ、とか、ICカードを驚かずに使えるんだ、と感心してしまう。
これらの「ギャップ」が駅で整列していた坊主に滑稽さをもたらしていたのだ。
では、坊主が利用して違和感のない乗り物はあるのだろうか?
たとえば、金持ち坊主は外国車に乗っていたりするけど、袈裟のままフェラーリから降りてきたら笑っちゃうかもしれない。かと言って軽トラックから降りてきてもおかしい。住職に自動車は似合わない。
電車は言わずもがなとして、バイクもダメだ。スクーターやカブでもおかしい。
こうなると坊主が高速移動していることがもうおかしいのかもしれない。飛行機なんて最悪だ。坊主が高速移動しているうえに、空を飛んでいるのだ。
遅い乗り物ならどうだ。自転車。
うーん。
自転車に袈裟は似合わない。あのひらひらをタイヤに巻き込んでしまって大変なことになりそうだ。それに、必死に漕いでいるさまはなんだか哀れにも映る。かといって優雅に漕いでいてもらいたくない。
スケボー、セグウェイ、スキー、ことごとくダメである。
海路、船はどうだろう。
船にもいろいろある。タイタニックみたいな豪華客船はもちろん似合わないし、漁船もダメ、蓮池のボートならあるいは良いかもしれないけど決して似合うわけではなくてどちらかというとマシというレベルに過ぎず、最悪なのはアヒルボートで、これは殺生のメタファーと捉えられて規律に反し、石飛礫(いしつぶて)の刑に処される可能性がある。
そういうわけで時代感も考慮して坊主に似合う船は朱印船一択だろう。
馬車はどうだろうか? 人力車はどうだろう?
人力車はもしかして格好良いかもしれないけど、坊主が人を使役して走らせているというのは、大丈夫なのだろうか。
馬車はダメだ。似合わない。西洋的なものは総じて似合わない。
となると、もう駕籠くらいしかないな。
これも人を使役してるな。
というわけで、坊主に似合う乗り物は朱印船に決まったわけだけど、論外である。これじゃあ、坊主は移動するなと言っているようなものだ。
歩くのだ。修行だと思って。
それにしても、丸の内のビル群の中を坊主が歩いているのもまた似合わないな。
なんだ、全然近代に馴染んでいないじゃないか。だんだん腹が立ってきた。坊主側が俗世に寄せろよ。
今回の思考実験でわかったことだが、坊主は以下の条件がまったく似合わない。
・近代的なもの
・西洋的なもの
・高速移動
高速移動する乗り物とは近代の発展を支えた近代社会の副産物であり、その多くは海外から引き継がれたものである。
時代が言っているのだ。
坊主は移動すな。座ってろ。
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恋人に意見を求めたところ、坊主は人知れず移動してほしいと言っていた。隠者のようにしてほしいというわけだ。
ばちあたりなやつだ。
お坊さんに向かって、なんて酷いことを言うんだ。