蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

恋人の服選びに付き合う男

  自分の服を選ぶことができないのに他人の服を選べるわけがないのだが、先日、私は恋人のショッピングに付き合った。

 どうやら、気になってたポーチがあるらしく、その店へ向かった。

 なかった。

 人気なのだ。

 そうかぁ、残念だったなぁ、と言って、私たちはそのデパートの上層階で夕食を食べた。

「あのポーチ、これから入荷がないか一度訊いてみよう」彼女は箸を運びながら言った。「食べたらもう一度行ってくるね。蟻迷路は先に帰ってていいよ」

 そう言われると、なんかちょっと違うんじゃないかと言いたくなった。

 彼女は、私にショッピングに付き合わせたくなくて言っているのだ。なにかを選んでいる間、連れ添っている私を待たせていたくないのだ。申し訳ないと思っているのだ。

 「いやいや」私は言った。「申し訳ないとかそういうことを想って言ってくれたのなら、それはとんだ大間違いだよ。おれは全然退屈じゃないし、君といられれば満足なんだし、申し訳なさなんて君は感じなくていい。おれは楽しいよ。だから好きなだけ服を選べばいいんだ。下着を選ぶときは言ってくれ。(合法的に)店内の奥の奥まで入っていくから」

 

 そういうわけで、夕食を食べ終えた私たちはふたたびポーチ選びを始めた。

 うろうろするうちに秋物の服を見はじめ、そのフロアのすべての店をウィンドウショッピングしてまわり、あーこのニット可愛いと言われたら「可愛い」と反復し、こういうのは似合わないんだよねと言われたら「ビミョウかもね」と反復することを繰り返した。

 ファッションに興味のない、しかも女性ファッションなんて露ほども知らない私からしてみれば、どの服も同じように見えるし、並列に可愛いか格好良いかしかわからない。

 「この服、あいみょんぽいじゃん」と言ってみた。なんかあいみょんが着てそうだな~って印象の、なんて形容したらいいのかわからない服だった。

 「ぜんぜんちがうよ」きっぱりと否定された。「なんかそれっぽい流行の服にすぐそういうこと言うよね蟻迷路は。suchmosっぽいとか、菅田将暉っぽいとか、野田洋次郎ぽいとか。言っときゃいいと思ってるんでしょ」

 正面から正鵠を射るド正論に、蟻みょんは黙るしかなかった。

 マリーゴールドは一度も最初から最後まで聴いたことがないのに、「あいみょん」を使うべきではないのかもしれない。

 

 ↓

 

 私は、へとへとになっていた。

 その日の日中は公園デートをしていたにも関わらず、ショッピングのこととなると彼女の体力ゲージは無尽蔵で、まったく休むことなく次の店へ、次の店へと進んでいく。逞しい。

 私は、どの服を見ても彼女が着れば可愛いな、としか思えないバカなので、なんの意見も参考にしてやれなかった。そのため口少なになってしまうのだが、彼女のショッピングに付き合うのが苦痛なわけではない。不幸なわけは絶対にない。楽しくないわけじゃないのだ。絶対に。

 だけど、なんも述べることがないし、疲れるので、口少なになってしまう。口を開けば「あいみょんぽい」しか言えないので(しかも あいみょんの顔すらもよくわからない)服飾語彙力はほとんどゼロに近いと言える。もっと流行の芸能人を知っておくべきだ。

 

 女性のファッションフロアはとことん充実している。

 夜だというのに女性がかなりの数ウロウロし、バーゲンをやっている店は殺し合いみたいに人で溢れている。

 なかには私と同じように彼女の付き添いをしている男性もおり、気弱な小型犬みたいな目をしていた。

 わかるぞ。気持ちはわかる。

 

 夕食後に歩いたということもあり、私は腹痛になった。彼女が試着している間、男性ファッションフロアまで昇り、男子トイレへ駆け込んだのだが、男性フロアの閑散ぶりに驚かされた。

 一つ下の女性フロアはあんなに混んでいるのに、男性フロアはこんなにも空いているのか!

 店員は軒並み暇そうで、陳列された財布や靴には埃が被っていそうだ。じっさいは綺麗に置かれているのだけど、それがまた寂しい。そんな綺麗に置いても、誰も見に来ないのに……。

 男、ファッションに興味なさすぎでは?

 私が言えたことではないけど。

 

 そして、何たる皮肉だろうか。

 男性ファッションフロアで混んでいたのは、トイレだけであった。