蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

音楽を楽しむのにうってつけの時代

bloodthirsty butchers(ブラッドサースティ・ブッチャーズ)のLP版(レコード盤のこと)『ファウスト』を購入した。(画像上)

出だしから括弧が多くて申し訳ない(申し訳ない)。

 

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bloodthirsty butchersのアルバムは、優れている。

どのアルバムも「優れている。」と断言できる。そう人に推せるほど堂々とした出来栄えのアルバムをいくつも出しているバンドはそう多くない。そういう点でも稀有なバンドと言えるだろう。

 

 

優れたアルバムはジャケットも格好いいものが多い。

画像にある『ファウスト』も『kocorono』も気の利いたデザインだ。

こうして見るとあらためてジャケットは大きい方が良いな、とおもう。

正方形が堂々として、デザインそのものの美しさが際立つ。額装しない芸術だ。

CDジャケットではそういうわけにはいかなくて、小さいぶん、なんかショボくなってしまう。

LPジャケットの大きさでようやく「ジャケットデザインも作品の一部なんだな」とわかるし、たとえば部屋の飾りとしても映えて、彩りが生まれる。なにかこう、文化、って感じが部屋に添えられる。

今は手元の携帯端末で音楽を聴くことの多い時代で、アルバムジャケットは大して気にするものでもないかもしれない。

元来ジャケットは店頭に並んだ際に目を惹くように目立つデザインや格好良いデザインしていたものだから、今のストリーミングサービスで自動的に(悪く言えば受動的に)音楽を鑑賞する時代においてはジャケットはそう重要視されない。

むしろMVの方が重要視されていて、時代は変わっていくんだなっておもう。

 

だからこそ、今の時代、アルバムジャケットがやっぱり格好良いと思える。

 

音楽はただ聴くものでもなく、歌詞を読むだけではなく、生活を彩るものだけでもなく、部屋に飾りその存在を愛でるものでもあると、私は言いたい。

その点で、小さいCDよりもLPレコードの方が映える。

 

掃除したり修理したりいちいち針を落としてやらなきゃならなかったり、レコードというものはそれなりに面倒だけど、そうやって面倒をかけて「向き合う」時間がなんだか誠実に思えて、ひとつひとつの動作が儀式的な意味を持ち、やがて音楽への礼節になっていく気がする。

 

そうやってレコードを愛でたり、CDでより簡単にアルバムを楽しめたり、iPhoneからBGM代わりにストリーミングサービスを利用することができる現代は、音楽の楽しみ方の幅が広くて良い時代だ。

それぞれ違う良さがあり、好きに選べて楽しいし、どのメディアでもこだわろうと思えばいくらでもこだわることができる。

本当に良い時代だ。