蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

5度目のバレンタインデー

人と過ごす5度目のバレンタインデーが来た。

毎年、彼女は私のためにブラウニーかパウンドケーキを焼いてくれる。

デパ地下で売ってる焼き菓子とか色とりどりのチョコレートでもいいはずなのに、彼女は必ず手作りする。

それが恵まれているとかではなく、手作りだからいい彼女というわけでもないけれど、それなりに時間がかかることを私のためにしてくれているという事実が毎年私を豊かな気持ちにしてくれる。

 

去年の夏から同棲をはじめて、半年以上が経って、はやいな、という気持ちと、まだ半年で、結婚もしていないのか、というじれったい気持ちもある。

さっさと結婚しちゃった方がいいかも、と思ってはいるのだが、この時世、もうすこしタイミングを見極めた方がスムースに行くかもしれない。という建前と、もうすこし恋人同士の関係でいたい気分の本音がある。

これから長い二人の人生、恋人同士の時間って限られているから、もう少し楽しんだっていいじゃないか。

 

 

恋人がブラウニーを作るところをはじめて見る。

道具はすべて100均で揃えたらしく、さっそく量りがうまく動かないことをブツブツ言っていた。

彼女がブラウニーを焼く間に、私は部屋に掃除機をかけ、便器を真珠みたいにぴかぴかに磨いた。便器は磨くほど輝くので、掃除をしていていちばんやりがいの感じられるところだ。トイレは深呼吸ができるくらい綺麗にしなければならない。綺麗なトイレが精神と肉体の健康に寄与する。

キッチンに戻ると、部屋中がチョコレートの焼ける匂いで満たされていて、しばらく立ち尽くしていると朦朧としてきたので窓を開けて換気をした。

きっと町中で甘いにおいがしたに違いなかった。

 

しばらくして焼き上がった。

 

「すこし焦げた」

「まぁまぁ」

「なんかやたらデカくなったんだけど、なに?」

「まぁまぁ」

彼女は今回のブラウニーの出来に満足していないようだった。

私としては作ってくれただけ嬉しいし、100均の道具でなんとかこしらえたのだからすごいものだ。私はお菓子を作った経験がないのでわからないのだが、砂糖や小麦粉の分量は誤差に余裕がないことは必然で、少しの過ちがすべてを台無しにすると聞いたことがある。将棋みたいなものだ(全然違う)。

 

 

おやつの時間に紅茶を淹れ、二人でブラウニーを食べた。

フォークをあてると「かつん」と音がして、おやと訝しんで力を入れてみたがフォークが刺さらない。

これは、と思い手に持ち替えて前歯で噛みついてみたが、「前歯、折れるな」とは言わずに奥歯に押し込み、なんとか齧った。

ざくざくざくざく、とブラウニーとは思えない音がした。

顔を見合わせ、恋人も同じように奥歯で頬張っていて、笑った。

 

味は美味しかった、と何度も伝えた。しつこいくらい伝えた。何度でも伝えた。

「来年こそは」と彼女が言って、私たちの未来に思いを馳せた。

 

 

今週のお題「チョコレート」