蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

また洗濯物の話してる

な予感はしていた。

天気/曇り。無風。湿度/高。空気は暖かい。

午後から快晴の予定。

我が亭のベランダ南向きだが、直射日光が当たるのは午前中まで。つまり午後は日陰になる。

嫌な予感は充分にしていた。それは経験に基づく確かな予感だ。いや、予感というよりも ────

「この天気じゃ洗濯物は乾かないな。乾いたとしても生乾きのにおいがつく」

──── 予言にちかい。

 

 

月曜日は溜めまくった衣類を恋人が洗濯してくれた。

平日の洗濯はすべて私がやっているのだが、月曜日恋人は有給休暇を取っていて、朝から私の代わりに朝食を作ってくれたり、洗濯物を干してくれたのだ。

洗濯物を干してくれた手前、非常に心苦しかったが、私は経験に基づく先の予言を彼女に与えた。

「でも午後から晴れるって」私の予言を信じず、彼女は言った。私は彼女に反駁する。

「午後から晴れても関係ないんだ。生乾きの時間が長ければ、あとでいくら乾いた空気になろうが、暑くなろうが、関係ないんだ。なぜなら『すでに』生乾きなのだから。時間は取り戻せないのだから」

「じゃあどうすればいいの?」

「どうすることもできない」

「はぁ~???言うだけかよ」

私の言葉はあくまで予言であって、知啓や啓示ではない。私は「覚悟をしておきなさい」と警鐘を鳴らすに過ぎないのだ。

「まぁ、午後から晴れるし」とそれでも彼女は言う。

何度も言うが、午後から晴れても意味はない。まず、午後、わが亭のベランダは日陰になるのだから。

 

予言は当たってほしくない。悪い予言は外れた方が良い。

予言者は自身の能力の矜持と予言した未来への絶望、相反する二つの感情に挟まれて身動きが取れなくなる。

だがまぁ、それは世界が滅ぶとか誰かが死ぬみたいな規模の大きい話であって、洗濯物が乾くか乾かないかなんてミクロなレベルだったら、こんな予言は外れた方が良いに決まっている。

予言者たる私は「洗濯ものは臭くなる」と予言しつつも内心では「ゆーて乾くやろ。乾いてほしい。乾いて」と願っていた。

 

 

夜、洗濯物を取り込んで、私の予言が(悲しいことに)的中したことを知った。

バスタオルや布巾が生臭いのだ。3年くらい洗われていない犬みたいな においがする。排水溝で昆布を煮〆たような においがする。

「はぁ~~~~~????」

恋人は深いため息をつき、そしてせらせらと少しく笑って、ファブリーズを猛噴射した。闇落ちした形相であった。

でも闇落ちする気持ちもわかる。洗濯ってけっこう手間取って大変だし、畳んだりアイロンもかけるとなると平気で料理するくらいの時間がかかってくる。その労力がすべてパァになるのだ。日照不足、ただそれだけのことで。

 

またコインランドリーに行って、乾燥にかけなければならない。

arimeiro.hatenablog.com

やれやれ。

 

うーん、今日のブログも、感想に欠けるな。(乾燥にかけてる)