蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

クリスピー・チョコレートと薄荷煙草

の中でいろいろあって、私と恋人はもうすぐ死ななければならなかった。

これは最後の晩餐の夢だ。

 

天井の高い大きな駅の構内にいて、外では革命軍 (あるいは進駐軍(どちらでもいい(なんにせよそれは悪い種類の軍隊だった))) が駅を囲んでいる。

構内にいてもしょうがない、ということになって二人はエスカレーターで外に出た。周囲の人々もそういう流れだったから、あの場面では外に出るのが正しそうな行動だったのだろう。僕らは流れに従った。

だけどエスカレーターで降りたとき、銃声が聞こえた。気がした。

革命軍は我々を捕虜にするどころか、一人一人確実に、しかし乱雑に射殺していたのが見えた。

建物の白い壁は新鮮な血と脂の染みで黒ずんでいた。血だまりがいくつもできて、冬の曇り空を映していた。赤黒い足跡がいくつも石のタイルにこびりついていた(すべて軍人の足跡だった)。大きなクジラが爆発した後みたいな惨状がバスロータリーに広がっていた。

だが、人々はその光景を見てもなお、誘蛾灯におびき寄せられる虫のように、歩みを止めず、銃声に引き寄せられていく。まるでそうなるのが正しいことのように。

僕は恋人の手を掴み、人々の流れに逆らって階段を駆け上がり、構内に戻った。

 

「ここで死ぬんだ」

 

言葉にはできなかったけど、ここで死ぬ運命は避けようがなく時間の問題だった。

夢の中の恋人は寡黙で、ポケットの中で見つけた小銭でチョコレートを買おうか、と聞いたら小さく頷いた。言葉を持たない子どもみたいだった。

とても寒かった。駅の中でも息は白くなった。

こんなときでもNEW DAYSはやっていて、恋人にクリスピー・チョコレートを買ってやり、僕はもう一年も前に辞めた煙草を買った。

 

「これが最後の晩餐か」

 

言葉にはしなかったけど、たしかにその想いがあって、僕はアメリカン・スピリットの薄荷味 ───メンソールに火をつけた。彼女はチョコレートを食べていたかどうかわからない。

死ぬ前の一服。やっぱり死ぬ前に、ずっと前に辞めた煙草をやりたくなるもんなんだな。映画とかで死ぬ前に一本吸わせてくれ、ってセリフ見るもんな。

そんなもんか。

 

夢の中の煙草が美味しかったかどうかなんてわからない。息がいつもよりずっと白くなった。それだけだった。

だけど喫煙したら、死ぬ前にキスができないな、と後悔して目が覚めた。