蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

炊飯器

日の福島沖での地震の際、うちのアパートも都内らしい震度で揺れて冷や汗をかいた。

おや、今日のはちょっと長いナ、と思った矢先に盆を傾けるように大きく揺れて、地面がごうごうと鳴って心拍数を上げ、その大きい揺れも長いものだから、「いよいよか」と腹をくくった。私と恋人はベッドに座り込んで抱き合い、ハンドベルみたいに左右に揺れるダイニングのシーリングライトを見つめていた。部屋の影が大きくなったり小さくなったり、だんだん本棚やキッチンカウンターまで歪んで伸びていくような錯覚に陥った。そこにダイニングの炊飯器が目に入った。

炊飯器は炊飯器用のラックに収納していて、炊飯器を載せる段はスライド式になっており、使用時にはスライドを引き出して使う。細長い格好のそのラックも地震でぐらぐらぐらぐら細かく横揺れし、今にも歩き出しそうだった。だが目を奪ったのはそこではなく、過剰に揺れて不安定な様子の炊飯器だ。夕食後だったこのとき、私たちは炊飯器の蓋を開けっ放しにして、スライドも出しっぱなしにしていたので、じつに不安定な様子で炊飯器はある種の衝動を昂らせており、なんだか勢いのまま飛び出して壁に激突するのではないかと危惧するほどに震えていた。がたがた蓋のぶつかる音がした。

炊飯器は普段ジッとしている分、こういう時は軽率に考えのない行動に出ようとする。とても安かったものだし、うまく水分調整しないとあらゆる米をドブでさらってきたような味にさせるスグレモノだが、これでも壊れると大変困る。

「どうしておれは炊飯器の蓋を閉めなかったのだろう」

そう呟いたがどうにもならなかった。

いよいよ揺れは激しさを増し、恋人は石のように固まってしまった。「え、震災じゃん」と茶化して言ってみる。怖かったのだろう。

いざというときのために、避難経路を確保しなければならない。こういった地震の際、家屋が歪んでドアなどが開かなくなる可能性がある。私は慌てながらも冷静だった。そして本気だった。

立ち上がって窓を開け、そのついでに炊飯器の蓋を閉めてスライドを元に戻し、あるべきところに炊飯器を収納した。これで大丈夫だろうか?念のため炊飯器を奥の方へ押し込んで、なんだか危ない気がしたのでコンセントを抜いた。ぐらぐら揺れながら炊飯器の心配をしてばかりいるが、もしかしてこれは間違った生き方なのではないかとわずかに猜疑心を覚えたものの、でもなんかこれはこれで面白いなと我に返ってみれば滑稽なのだった。ほんとうは冷静ではなかったのかもしれない。

 

まもなく揺れは収まり、どの番組も地震速報を流し(テレビ東京以外)ていた。

恋人は石化から解かれると腰が抜けたようにベッドに横たわった。

炊飯器は無事で、今日のところも大事なく米を炊いてくれている。しかし余震はしばらく続きそうだ。