蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

電池、2個、備忘録

スコンロの火種は意外にも電池式である。

スイッチを捻ってぱちちちちちちと鳴るあれは、単一電池2個が源となっているのだ。

電池が消耗すると、ぱ・ち・ち・ち・ち……と力ない音でようやく火がつく有様になり、煮物を温めているときにかぎって火が消えることもしばしばで、要領が悪い。

我が家のガスコンロも電池が消耗していたみたいで、ご丁寧にもガスコンロの電池ランプが点灯して教えてくれた。そのランプはいったいどの電力を使っているのか、それを指摘するのは野暮だろう。

そんなことをはじめて知った恋人は、しばらく「わけがわからない」といった様子でガスコンロの電池カバーを外して交換する私を見ていた。

「ガス?じゃないの?」

「ここだけ電池なんだよ」

「?電池で温めてたってこと?」

「点火のときに使うんだよ」

「????」

彼女はメカに弱いのだ。

分かったのかそうでないかどちらともない様子で、電池を替えたガスコンロのスイッチを捻ると、景気よく ぱちちちちちちちちちと音がして、豊かな炎が円形に並んだ。

「へ~」

仕組みなどどうだってよくて、使えればそれでいいのだ。

 

 

さて、電池を交換すると、消耗した電池が手元に残ることになる。

これはどうするかというと、指定された日指定された方法でそっと捨てるのが最も効率的で効果的なやり方なのだが、果たして私はこの単一電池2個を、捨てられない。

 

未練があるのではない。

ただただ指定日に忘れて捨てられないだけだ。

もう一か月も手元にある。消耗した電池なんて犬のクソより役に立たない。捨てるべきものの筆頭なのに、捨ててない。

電池は、スーパーの薄いビニール袋に入れられて口を結ばれ、部屋の隅に、常に目に入るところに、安置されている。奇しくもスーパーの薄いビニール袋は犬のクソを拾うときに重宝するものだ。

いかにも鈍重な電池2個はそこで自ら捨てられようと努力するわけでもなく(たとえば転がって玄関まで行くとか、廃棄要請嘆願書を提出するとか)、また、完全に気配を消すわけでもなく(捨てられない日が長くなるにつれて存在感を増していく)、おもねるままに自分たちの行く末に思いを馳せて愉しんでいるようにも見える。

電池は放置しているとどこからかカスみたいなものをこびりつけて、口に入れてはいけないタイプの液体を垂れ流し、異臭を放つようになる。機械の怨念の集積みたいになる。みたいになる、というか実際そうだ。怨念だ。

単三電池ですらそうなるとひじょうに忌々しいのに、単一なんて大きいものとなれば、本当に犬のクソになってしまうのではないか。犬のクソが2Kのアパートの片隅で くだを巻いていていいわけがない。

捨てよう。早く捨てよう。

奇数週の水曜日朝。必ず捨てるのだ。

 

 

さて、捨て忘れた今、次こそ忘れまいと戒めのためにこの記事を書いた。