会社のデスクの下にはひとりひとつ、ゴミ箱を与えられている。
膝下くらいの大きさで、ひとつひとつデザインは異なるのにどれも円筒状で古いことは共通しており、ゴミ箱的な汚れを付着させてデスクの下にジッとしている。
このデスク下のゴミ箱は勝手にゴミが消えるわけではないので、オフィスに設置された大きなゴミ箱に定期的に中身を捨てに行かねばならない。
毎日ごみを捨てる人、金曜日に必ず捨てる人、時々捨てる人、そしてまったく捨てない人。大きなゴミ箱にゴミを捨てる周期を見ているとその人が綺麗好きかどうかくらいわかる。
毎日捨てる人の机の上はいつも綺麗にしてある。
私の先輩は毎日捨てる人で、デスクの上はチリひとつ残さない。デスクどころかPCのデスクトップにもファイルは一切無くて、すべてがネットワークドライブに収まり、MicrosoftEdgeやTeamsやAdobeといった最低限のソフトウェアと「ゴミ箱」だけが画面左端に銃殺刑囚よろしく整列させられている。どこか居心地悪そうにも見える。
でも、綺麗にしているから仕事ができるわけではない。
綺麗好きと仕事の出来は比例しないのだ。
同じように、掃除ができないことと仕事の出来も比例しない。
私は掃除ができないうえに仕事もあまりできないので、まぁ、最低なのだが、仕事ができないなりに汚くしているので、周囲からはわかりやすくていいんじゃないかと自負している。綺麗好きで仕事ができない方が、あとから印象が悪くなるリスクが伴うので、私なりの自己防衛というワケ。
私は、捨てればいいのにゴミをぜんぜん捨てられない。
書類以外の屑はなんでもかんでもポイポイ足元のゴミ箱に放り込んでしまう。可燃・不燃関係ない。圧倒的火力こそが正義。すべてを焼き尽くす拝火信仰だ。
そうしてしばらくするとこんもりとゴミが溜まるが、しかし、まだ私は捨てられず、無理やり押し込んで「ギチギチ」ゴミたちのひしめく音を聞いてハラハラする。
「ゴミが爆散したら、今度こそ僕は馘(くび)だろうな」
押し込められたゴミ箱はブルブル震え、今にもポップコーン・パーティのようにゴミを弾け出しそうだが、私はそこに甘えを許さない、さらにゴミを投下する。
なぜこんなにゴミが出るのか自分でも不思議だ。私という存在はゴミを生産するために生きているのかとすら思う。
いよいよ限界らしいが、(よせばいいのに)私はゴミ箱の中身を大きいゴミ箱に捨てに行かず、そのままにして帰ってしまう。
「明日こそ捨てよう」と思いながら何日も放置する。
「明日こそ捨てようって昨日も思ったな」
捨てられない。
ところで私のデスクは部長の席の目の前にある。
部長は綺麗好きな人で、しかもとても有能という、私とは正反対の存在だ。見た目と中身が一致していて、年齢を感じさせないキレのある思考を持ち、若い社員からも慕われている。すべてにおいて私と対偶だ。
部長の席から私のゴミ箱は丸見えで気まずいので、私はゴミが溜まるとゴミ箱をなんとか隠そうとデスクの奥へ押しやったり、カバンで隠したりしている(捨てればいいのに)。
「君、早く捨てなさいよ」と言われたくない。なぜなら私は25歳で、いっぱしの社会人で、ちゃんとした大学も出ていて、そんなことで指導を受けていいわけがないからだ。だからゴミ箱を部長から隠している(捨てればいいのに)。
ゴミを捨てられないまま何日も過ごし、そろそろ誰かに怒られるんじゃないかと危惧する日々を送っているのだが、それでもなお、この期に及んでもまだ捨てられなくて、たぶんなんかこういう病気なのかな、って最近は開き直っているのだけど、ある日突然誰かにゴミが捨てられていることがあり、これは誰かからの警告だと思うから、本当に直した方がいい。
誰かが私のゴミを片付けてくれる。
出社したら、ゴミ箱が空になっていた。
あの大量のゴミを。冒涜的なゴミの量を。許容量を250%オーバーしているあのゴミを。
いったい誰が、わからない。
好き好んで私のゴミを捨てるのは誰だろう。
こういうことはこれまでに3回あった。今回が初めてではない。
私はこの一見好意に見えるゴミ捨てを、しかし、「警告」として受け止めている。
「部長の目に入るんだぞ、はよ捨てんかい。だいたい社会人の癖にゴミも捨てないでなにやってんだ。ここはお前だけのオフィスじゃないし、お前の部屋でもない。ゴミは捨てろ。常識的に」
無言にしてそう言われている気がする。
誰が捨てているのかかなり気になるが確認する手立てがない。
「先輩、私のゴミ捨てました?」なんて訊けない。
「あざーっす」なんて言えない。
個人のゴミを無言のうちに捨ててもらうなんて恥ずべきことだからだ。
でも、まぁ、先輩が捨ててくれてるならまだいいよ。
もしも、部長が捨てているのだとしたら……?
目に余る惨状に堪らず、お手を煩わせているのだとしたら……。
警告は「お前を捨てるぞ」とさらに恐慌を増すことになる。
本当に、いったい、誰が捨てているのだろう。そういう霊?