蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

猫の傀儡

々に実家に帰り、猫たちに会ってきた。

 

猫たち(保護猫)は私の実家にやって来て1年と3カ月ほどになる。

来た当初は常に怯えていてまさに「借りてきた猫」だったのだが、半年すればそれなりにリラックスしはじめ、私が実家を出て9か月、久々に会った彼らは家を我が物顔で闊歩し、随意にさまざまな場所で眠り、久々に帰ってきた私を「誰?」という顔で見つめたのだった。

二頭は家主のような顔で私に近付き、足の甲の匂いを嗅いだり、足音に耳を澄ませ、「ああ、昨年夏に出て行った青年か」と人物像を記憶と一致させるとそれぞれお気に入りと思われるスポットへ戻っていった。

一頭はキャットタワーの頂上へ、もう一頭は二階建てケージの上のクッションへ腰を下ろした。いずれも私の目線より高い。

 

久しぶりに撫でても逃げなかった。

私が実家を出た昨年夏の段階では撫でようものなら逃げていたのだが、1年も一緒に暮らせば人間に慣れたらしく、首を撫でると眩しそうに瞼を閉じてヒゲを震わせるのだった。

写真や動画を撮ってフォルダを潤わせた私はソファに横たわり『将太の寿司』を読みはじめた。(先日Kindleで全巻合わせて77円だったのだ)

猫とてずっとかまわれていたらうざったいだろう。人間だってそうなんだから猫も同じだ。

と言いつつ心中、猫たちが私の足元や腹の上に寄って来てくれることを滅茶苦茶望んでいる。にゃんにゃん言って甘えてほしい。尻を私の顔面に押し付けてほしい。

犬はなにもしなくても寄って来て甘えたものだが、猫はそういうことをしない。人間が望めば望むほど猫たちは人間に顔を背けるのだ。そこがまた♡

(おれは猫が寄ってこようがなにしてようがどうだっていい)

そういう顔で『将太の寿司』を読んでいた。

 

しばらくすると一頭が私の周りをウロウロし始めた。

(お、キタキタキタ!!!!!!)

望んだ展開に、しかしながら私は冷静、将太がマグロ尽くし寿司を握る場面を食い入るように読んでいるが、目の端ではうろうろする猫を逃さない。

すると猫がソファに跳び乗り、スマホを持つ私の手に頭をすり寄せてきた。

(こんなのはじめてだぞ。しかしおれは冷静。もう少し泳がせないと、ここでガッついたら猫が逃げてしまう。おれは石像。肉の石像……)

私の手はすでに動いていて、猫の尻を叩いたり、尻尾を指に絡ませたり、至る所を撫でているのであった。ぜんぜん自制できない。ああ、逃げちゃう、逃げちゃう。

 

逃げない。

 

猫、逃げない。

 

感動のあまり咽び泣く。

この保護猫、以前は人間にぜんぜん慣れていなくてどちらかというと反人間派の目つきをしていて、まったく心を開いてくれなかったのに……

いくら撫でても逃げないではないか。

しかも、出て行った私を覚えているではないか。そうかそうか。

猫がようやく人間に心を開いた瞬間だった。

 

 

猫の恩恵にあずかり、その毛皮に全身沈み込むように愛でようと上体を起こした。

そのとき私は背後から刺すような猛烈な視線に気付く。

もう一頭が瞬きもせず見つめていた。

「おまえも撫でてほしいのか?ほら、おいで、よしよし」

されどそいつはじっと見ているだけだった。

なんだ?

それにしてもその視線。なにか目的があって見つめているような。メッセージ性を帯びた視線……

足元からくちゃくちゃくちゃくちゃ音がする。

先ほど撫でていた猫が足元から見上げ、口をむちゃむちゃ動かしているではないか。キシリトールガムを噛むみたいに顎を動かす。

 

時計を見ると夕飯の時間だった。

 

え??????

 

もしかしてメシ欲しさに甘えてた???

 

 

 

その証左に、餌を与えたのち、猫たちはまったく私に寄りつかなくなった。

撫でようとするものならサッと身を翻しカーテンの裏に隠れる。

撫でられないほどに、猫のやわらかい手触りが手のひらに蘇る。蜃気楼のように。

 

私は猫の毛にまみれて『将太の寿司』を読み漁った。家族はまだ帰ってこない。私も腹が減っていた。