蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

僕が資格試験に受かったら

休明けの仕事はやっぱりつらくて、わけがわからなくなり、在宅勤務だったのをいいことに資格の勉強をして過ごした。

もちろん、その日やるべき仕事は終えて、余った時間で。

運よくそこまで忙しい日ではなかった。連休明けの仕事量としては丁度良かった。のだが、嫌なものは嫌である。嫌いな食べ物を無理矢理食べさせられる、その量が少ないというだけだ。青い顔は変わりない。

 

仕事が暇だと「ほんとうにこのままでいいのか」とか「将来どうするんだ」とか不確定な未来のことや「生き甲斐」や「仕事のやりがい」なんて漠然としたことを考えてしまう。

この仕事のやりがいとは何だろう、自分のやりたいこととは何だろう……と考えてパッと答えが出ないどころか、いくら考えても言葉が出てこない。

こういうことを考えてしまうのは暇だからだ。

とても忙しくて目が回っているときは考える余裕もなく、また、その忙しいことがなんだか気持ちよくて(多分にストレスでもあるが)、自己肯定感が上がる。残業は嫌いだけど、残業するほど「仕事をやっている感」が得られて労働時間の上では自分を認めてあげることができる。

給料日に雀の涙ほどの残業代を目にして落ち込むまではそれでいい。雀の涙を見て、残業なんてするもんじゃないよな、と誓うまでがワンセットだ。

 

ほんとうに資格を取るつもりなのかはわからない。だが、やらないよりかやっている方が良い気がする。今後どうなるかわからないが、資格は取得しておいた方が自己肯定感が上がるだろう。

仕事やキャリアどうこうよりも、自己肯定感のために勉強している。

 

 

キャリアデザインという言葉が嫌いだ。

キャリアって積まれていくものでデザインなんてできないだろう。

なんだかキャリアという言葉に対しても、デザインという言葉に対しても軽々しい発想だ。

キャリアをデザインしていくその発想が烏滸がましい。ナメてるんじゃないか、と反発心を抱く。

大切なのはデザイン(コントロール)ではなく、柔軟に対応できたり状況に応じて選択肢を持てることなんじゃないか。え、どうなんだ。おい。

 

仕事が暇だとこのように余計なことを考えてしまうから、参考書のページをめくる。

まったく興味のない事柄が羅列されている。受かる気がしない。

私はこういうお勉強で、一発で合格した経験が人生で一度もない。一度失敗しないと先へ進めないのだ。大学受験もそうだし、漢字検定もそうだったし、自動車運転免許もそうだった。あらゆる試験で好成績を残したことがない。これが自己肯定感の低さに繋がっている。

だからこの資格もたぶん落ちるのだろうな、と思いながら勉強している。

ただただ、自己肯定感を上げたいがためにペンを走らせる。

 

 

この資格に一発で受かったら仕事を続けて、落ちたら辞めよう。