蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

結婚した

生時代から付き合っていた人と結婚した。

いま私の左手の薬指にはプラチナのリングが、まだ自分の居場所を決めかねるように嵌められていて、それは春の小学一年生がランドセルを背負っている姿や18歳で初めてスーツを着た青年の恥ずかしいような相貌を思い起こさせる。まだ全然馴染んでいなくて左手の薬指には違和感がある。

2年も同棲していたし、区役所に婚姻届けが受理されたとはいえ「夫婦」になった感じはあまりしない。同棲ってぬるっとはじまってぬるっと終わる点でメリハリがつきにくい。

同棲をはじめた頃ブログにその旨を書いたら、年齢が上の方の読者から「同棲するなんてふしだらだ」みたいな意見を貰ったことがある。メリハリがつかないだろうし終わりがない。自分たちの立場をきっぱりとしない。女が捨てられることが多い。など。

まったくイメージばかりが先行して物を言われるので困ったものだが、まぁ、気持ちはわかる。困ったものだが、と書いたけど困ってもいない。いろいろな意見があっていい。

同棲をはじめた最初から結婚を前提にしていたし、なんなら同棲前からお互いの両親に挨拶に行って了承を得ていたこともあって「意見」はまったく的外れだったのだが、たしかにメリハリがつかなくなるというのは一理あった。今だってそうだ。夫婦になった感じがしない。

でもさ、いいじゃん。同棲って言葉の響き。

恋人と一緒に暮らせるのって素敵じゃん。若いうちにできることなんだから。

青春なんだよ。

いろいろな意見があっていい。私は同棲、すごく楽しかった。よかった。いい思い出になった。

 

このブログでは彼女のことをずっと「恋人」と書いてきた。

「彼女」はどうしても三人称単数の代名詞な感じがしたし、「恋人」と書いたほうが本人の愛らしさを表していると思えたのが理由だ。

でもこれからは「妻」になっちゃうんだな。

もう「恋人」と書けないことに寂しさを覚える。もっと恋人のことを書いておけばよかった。恋人という響きの、舌の上を転がるくすぐったさがそのうち懐かしくなるのだろう。

 

書類上、私たちはたしかに夫婦になった。もう恋人じゃない。夫婦だ。単なる同居人ではなく、パートナーだ。

でもまだお互いに「夫婦」になった感じはあまりしない。

ずっとこんな感じなのだろうか?

でもまぁ、ずっとこんな感じでもいいような気もする。「夫婦」って究極のところ社会の名前であり立場の名前でしかなくて、言葉はどうしてもこの関係性の本質を突き詰めることはできないのだ。ずっとこんな感じでもいい。

だってずっとずっと、一緒にいるんだから、それには変わりがないのだから。

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