蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

これからも繰り返すのだろう

女と付き合い始めてもうすぐ5年になる。

5年といえば0歳児が5歳になって落語の一席でも打てるようになるくらいの年月なわけで、大学の4年間を越す年月なわけで、オリンピックが2回できる年月なわけで、つまり、そういうわけなのである。

5年なんて短いものだ。とも思うし、長いとも思う。

同棲ももう1年以上している。同棲を続けるくらいならさっさと結婚しておいた方が楽では?と思うこの頃で、ただ単に私たちは同棲という言葉の響きを楽しみたかっただけだったのだと思い知った。そして実際にそれは楽しい。

恋人と呼べる期間は人生でもうこの5年しかないのかもしれないのだから、今くらい楽しんだっていいじゃないか。妻、と呼ぶ期間の方がいずれ長くなるのだ。

 

私たちは同棲を始めた頃より貯蓄をしており、その金のごく一部を使って、記念に少し良いものを食べに行った。

フランス料理のコースだ。

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大きい皿に小さい前菜が、重要な雰囲気をまとって登場する。

小さいな、と思うけど、コース料理はこれからガンガン出てくるからこんなもので充分だ。

いわしのマリネとナスのなにか焼き物の前菜。名前は難しくて忘れてしまった。もちろん美味しい。

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カボチャの冷製スープを挟んで、次はサーモンとキノコのパイ包み。甲殻類の味のするソース。

パイにナイフを入れるとほろりと崩れて食べにくいものの、なんとか口に運べばキノコのソースと甲殻類のソースのガツンとした味が口いっぱいに広がる。食欲をそそる香りが鼻腔を抜けて脳髄に刺さる。

パイ生地もサクサクふわふわしていて、サーモンが柔らかくて、とてもとても美味しかった。食べにくかったけど。

「こういう食べにくいやつさ、初デートで食べたくないね」

「ナイフとフォークの使い方にモロ『育ち』が出ちゃうからね」

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メインに鴨肉。言うまでもなく絶品。

脂の甘みとハチミツを焦がしたような香ばしいソースが合う。 肉の味わいを抜群に引き立てる。

今こうして写真を載せただけでも美味しさを思い出してじっと見入ってしまった。

 

良いものを食べると味覚が拡張される。知らない味に対して敏感になり、感度が上がっていく。

こうして人生が豊かになっていくのだ。

とても感じの良い店で、デザートや飲み物も美味しかったので、また特別な日には来ようと話した。

 

ほんとうに久しぶりに彼女とちゃんとした服を着て、夜の街へ出た。昨年の暮れ以来だ。まったくとんでもない時代になったものだ。

久しぶりのデート。5年前の付き合いたての頃最初に手を繋いだ日を思い出して恥ずかしくなる。マスクをしていてよかった。

日々の積み重ねに幸せを感じる一方で、ときどきとても怖い。

私たちはどんどん鈍くなる。それが怖い。同時に鈍化は、重ねた年月の証左でもある。

繋いだ手を離したくない一方で、離さないとわからないこともある気がする。

 

こういった良い店を探してくるのは昔から彼女の特技だ。私はとにかく連れて行かれ、美味しさに驚き、賞賛する。それを5年も繰り返してる。そしてこれからもずっと繰り返すのだろう。