妻の手を握ったら、とても冷たかった。
その日は秋晴れの小春日和で私としては暑いくらいの陽気だったので、妻の手が思っていたよりも冷えていたのに驚き、つい口を滑らせて
「女の手ってみんな冷たいな」
と言ってしまった。
「みんな、って誰のこと?」
「いや、ちがくて」
「わたし以外の女?元カノの話?」
「まあ、いや、ははは」
「笑って誤魔化すなよ。元カノの話なのね」
「いや、でもね、僕が今まで手を繋いできた女の子の中で、君の手がいちばん冷たいよ」
言ってから、しまった、と思った。
動揺してさらに口を滑らせた。
なんのフォローにもなってない。
こうなると妻はスタスタと早歩きになって、口を聞いてくれない。
やれやれ。私が悪い。
「うん、認めるよ」妻の背中を追いかけながら言った。
「確かに元カノたちの話をしたかもしれない。つい、この愚かな口が勝手に、情動に任せて動いたんだ。
でもさ、いいかい?僕たちはもう結婚していて、死ぬまで、いや、死んでからも一心同体の関係なんだよ。夫婦なんだよ。男女の幸せのひとつの極地点なんだよ。たしかに元カノはいたよ、僕。でも彼女たちを差し置いて君が人生でナンバーワン、宇宙でただ一人だけなんだからさ、そう醜く嫉妬するのはおやめよ。嫉妬は大罪のひとつだよ」
妻は余計に怒った。
今まで握った女の子の手は、みんなやわらかくて、ひんやりとして、かすかに湿っていた。
私の手が熱いから相対的な問題でもあるのかもしれないけど、それにしてもみんな冷え性のようなことになっていて、冬はぶるぶると震えていたものだった。
女の手は冷たい。
だから、私がそんな観念を獲得してしまうのも無理はないと思う。
なかには温かい手の女がいるのかもしれないけど、私の手が熱いからお互いに熱いと不都合だし、だいたい、妻以外の他の女の手を取る機会は今後の人生無いだろうから心配も杞憂だ。
私はだんだん妻以外の手の感触を忘れていくだろう。妻の握りしめる冷たさに上書きされて、温度を思い出せなくなるだろう。
それでいいと思ってる。
そう言えばよかったのかもしれない。