電車の横並びの座席に座った。
座席に座るという言葉はなんだか変な感じがする。
座、が近くで続いているからだろう。
歌を歌う、と似て小さな不和がそこにある。なにかほかの言い方をしたほうがいいな、と思う。
私は、座席に尻を乗せた。
3時間くらい残業して、もう今日一日座らなくてもいいとさえ思っていたのに、今はまた座りたくなっていて、座った。不安定な生き物だ。
3席空いていたうちの真ん中に座っていたのだが、次の駅でカップルが乗り込んできて、私の両隣を埋める形となった。
なんなら、席を譲ってやろうかと思った。
カップルなら隣同士がいいに決まってる。2人で肩を寄せ合って、こそこそ喋って笑っていればいい。私はそういう様を観察するのが、ジャムをつけた食パンよりも好きなのだ。
尻を上げようとしたそのとき、私はふと、一切が嫌になってしまった。
カップルが私を挟んで、高らかに会話を始めたのだ。
「〜〜〜〜だからぁ、*****」
「えっ、おまっ、それwww〜〜〜〜〜」
人挟んで話すか?ふつう。
そんで、盛り上がるか?
尋常ではないカップルだ。
この態度は、暗に私に「そこどけやボケ」と言っているようなものだ。
そういう態度を取られると、途端にどきたくなくなるのが私の性(さが)。こちとら、座席に座る、という表現を気にしてるような繊細さでできているのだ。
絶対にどきたくないと思って、スマホで小説を読んだ。
「つかさぁ〜、********」
「えっ、ちょっwwwww○○○☆○」
仲良いなこいつら。
小説に集中できない。
絶対にどいてやるものかと意思が強くなっていく。巌(いわお)だ。今の私は。
でも、だんだん、こんな巌になっている自分が悲しくなってきた。
情けない。
素直にどいてやればいいのだ。それで私が席をずらせば済む話だ。きっと感謝されるだろう。
周囲からも、私は気の利かない不細工に見えるだろうな。
へそまがり。
性格、生い立ち、容貌、人間関係、人間性、何もかもから目を背けたくなった。
死んだ犬のことを思い出して涙が出そうになった。ああ、今まで生きていて、心から肯定してくれたのは犬だけだ。
もうなにも見たくなくて、聞きたくなくて。
イヤホンつけて音楽を流して、目を瞑った。