今週水曜日のことであった。
私は自宅近くのファミ・レスで夕食を摂っていた。ハンバーグでも食べなきゃやってられない、そんな日だったのだ。
私は店の壁際いちばん隅に席をかまえた。ここはオセロ的にはいちばん強いところだ。どの色にも裏返らず、自分を貫ける。そう信じていちばん安心できる席だ。
対角線上にある入り口付近、つまり、オセロで言うと反対側の角に一組のカップルが座っていて、談話をしていた。平日にデートとは、おそらく大学生あたりだろう。微笑ましいものだ。早く帰るべきだ。
店は私とそのカップルと、すでに泥酔しているおばさん組しかいなくて、店員も暇そうに鼻をほじったり理由もなくウロウロしているだけで平和そのものだった。
私はハンバーグを切り刻みながら、カップルを観察することにした。
その二人は、こういったらなんだけど、不釣り合いだった。
女性の方がトイレに立った際に見えたのだが、彼女はそれなりの顔立ちで、肉体的にも優秀賞そのもの、服装もあざとく、童貞を殺しに来ました、って格好だった。童貞じゃなくても殺せそうな、無垢を装ったセクシーさだ。
一方で男はというと、服装は中学生の頃から着ていたトレーナーです、スニーカーもぼろぼろ、っていでたちで、最初本当に中学生かと思ったくらいだけど、相応に老けていたのでたぶん20代前半だろう。顔立ちの妙はあえて言わないことにしよう、彼の名誉のために。
二人は楽しそうに食事をしているように見えた。
男がしきりに喋り、女がひたすら頷く、そういう会話を楽しんでいるようにも見えたし、ぎりぎりの綱の上を渡っているようでもあった。雰囲気がアンバランスなのだ。私はバーグを切り刻んでは口に運び、カップルの様子を旺盛に観察した。おばさん組はワインが不味い、などと大声で喋っていた。
すると、だんだん女が頷かなくなり、机に突っ伏しはじめた。何が起きたというのだろう?眠いのか?具合が悪いのか?私の席まで会話は聞こえてこないのでどういった様子なのかわからないが、一方男は彼女を心配することなく、にやにやして話を続けていた。
ときどき彼女の頭を撫でたり、頬に触れるなどしていて気持ちが悪かった。それを見ているとハンバーグをもうあと3個くらい切り刻みたい気分になった。
そのカップルの姿は、懺悔する女と話をする神父のようにも見えたけど、たぶんあれは教会の一場面でもデートの一場面でもなく、ちょっと突いてはいけない金銭の絡んだ交際のようだった。
そう判断してしまうのは失礼だ。だけど、私にはそう見えた。
男がしきりに話し、女は聞くふりでも聞かないでもなく、机に突っ伏している。男はがんばって盛り上げようとしているようにも見える。
おばさん組は誰かの悪口を大声で喋っている。店員は鼻をほじっている。私はハンバーグを必要以上に切り刻み、カップルを観察している。地獄みたいなファミ・レスの光景だ。
やがてカップルは立ち上がり、男が会計を済ませる間、女はさもつまらなさそうにスマートフォンをいじっていて、会計が済み男が女に数千円渡したときだけ、夜景よりも輝く笑顔になった。
なんなんだ。
どうして私はハンバーグを食べながらこんな観察をしていたのだろう。
いつの間にか私も食べ終えていて、ハンバーグの味の記憶はなく、ただ肉が切り刻まれる感触だけが手に残っていた。
私は家に帰り、布団の中ですべてのひとの幸福を祈った。