蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

打ち明けるべきだった打ち明けないでいた方がよかったこと

 入社員の私は職場で「お父さんは何の仕事をしているのか」という質問をよく受ける。

 「お父さんは何歳なのか」とか「お父さんの出身はどこなのか」とか「お父さんの血液型はなにか」とか「お父さんの下着の色はなにか」とか、職場の先輩方は私の父に興味津々だ。

 で、私はそれまで、さも父がまだ生きているかのような口ぶりで、質問に答えていた。

 

 父は2月に死んだ。

 大嫌いな父だった。だから死んでもなんとも思わなかったというか、むしろラッキーくらいに思っていたし、だいたい10年くらい別居していたから死んだのは父というよりもお金をくれるおじさんという気がしたくらいだ。

 いまは相続が大変なことになっている。

 父はうちの他に2つ家庭を持っていたし、認知はしていないけど隠し子もいるようだし、私には齢が20離れた半分血のつながった姉がいるし、店と会社を経営していたし、本を執筆したりテレビやラジオにも出ていたので、父はある業界では名の知れた存在だった。

 そんな人の相続をするとなると金の亡者や権力の亡者が現れてきて、韓国ドラマのようなどろどろの相続の泥濘になっていきそうなものだが、その通り、現在どろどろのマグマみたいになっている。

 笑うしかない。

 仕事で疲れて家に帰ると相続の話ばかりで嫌になる。心が休まらない。

 だから執拗に笑うようにしている(笑)

 

 まあ、その話は全部落ち着いてから文字に起こして出版社に持ち込むこととして(コンテンツとしてはかなりおもしろいから)、先輩方に父親のことを訊かれるのは、心持ち良いものではないのだ。

 父が生きている、というをつきとおすのはつらい。

 私は虚言癖だった父と違って、できるだけ嘘をつきたくない。

「父は67歳です」「広島です」「O型だったかな」「知りません」などと答えるのにも、少し胸がちくりとした。

 私が私立大学を出たので、家は金持ちだと思われており(実際金持ちなのは父だけだった)、先輩たちはますます私の父への興味を深くする。

 答えるたびに胸が痛む。嘘をつきたくない。

 それに、大嫌いな父への事情を包み隠して、父をさも尊敬している人物とは言わないまでも、当たり前の父親として語るには、私の心が「それはちがうよね」と声をあげた。

 彼はとんでもない悪党だったのだから。

 

 父の話をしなければ私の心が傷つくことはない。

 だからできるだけ話をしたくないのだけど、それでも先輩方は罪もなく訊いてくるし、それは仕方のないことで、私も会話の中で突如面相を変えて話を拒むこともできないので、そのままズルズルと父の話をする機会が続いて行った(と言ってもそんなに機会が多かったわけじゃないけど)。

 だからいっそ、父の死を打ち明ければいいのだ。

 そうすれば誰も父のことには触れなくなるだろう。

 でも、そうするには問題がある。

 私がこのタイミングで打ち明けてしまったら、先輩方はどう思うだろう?

 先輩が自分のこれまでの父に関する話を思い出して、なんて不躾なことを訊いたのだろうとか、私がどういう気持ちで父をさも生きているかのように扱って話していたのだろうかと考えて悲しい気持ちになったり、後悔したり、傷ついたりするのは私の望むところではない。

 

 でも私だって苦しいのだ。

 

 だいたい、家庭のことを訊くな、と若い感覚からして思うし、だからって中年の先輩方も若い私がとっくに父を亡くしていて韓国ドラマのような日常に生きているだなんて思わないだろう。なにせ私の家庭は想像の及ぶ範囲を超えている。

 

 だれも悪くないのに、傷ついている。

 この悪循環をどうにかしないと、私ばかり傷ついて、傷口は深くなる一方だ。

 

 そんなことをしばしば考えていたある日、お昼休みにまた父の話になった。

「お父さんは何歳なの?」

 何気ない質問だった。そこから話が弾めばいいと先輩は思ったのだろう。なんの罪もないし、私が先輩だったらなんの悪気も抱かない。

 けれど、私の心はまたチクリと音を立ててひびが入った。

 そして、ついに言った。言ってみた。

「実は、父は2月に死んだんです。67でした」

 私の声は思いの外震えていて、情けなかった。それがより一層「父を亡くした子」の悲壮感を漂わせはしまいか心配だったが、案の定そんな印象を抱かせてしまったようだ。

 先輩は絶句した顔で、眉を寄せ、口を半開きに「あっ」と言ったきり黙ってしまった。

 

 ちがう。

 そんな、思わないでください。ただ死んだだけなんです。それだけで話は終わりなんです。そう言いたかったけど、先輩の顔がそれを言わせなかった。

「そうか。じゃあいまは大変な時期だね」

 先輩はそう言って逃げるようにアイスコーヒーをすすった。

「いやあ、そうだったのか。おれの父も年末に亡くなってな、大変だったんだよ」先輩は自分の話をし始めた。

 これでいくらか救われた心地がしたけど、あの、先輩の「やってしまった」といった顔がいつまでも脳裏から離れなくて、先輩が内心自分で自分を傷つけたことがわかって、その痛みが私にも伝わってつらかった。

 

 やっぱり打ち明けるべきではなかったのかもしれない。

 父に関する話は飄々と答えて、大人らしく何でもない風を装って、大人な関係でコミュニケーションを図るべきだったのだ。それはやろうと思えば私にだってできたはずだ。プライベートと仕事の心を完全に切り離せていれば、できたはずなのだ。

 

 誰が悪かったわけでもない。しいて言うなら死んだ父が悪いのだが、それは仕方のないことだ。

 いっそおおっぴらに「蟻迷路の父は死にました!」と私が配属された6月以降に公表されていればこの自傷は避けられたかもしれない。

 

 後悔した。

 言うべきではなかった。

 先輩はそれからしんみりとした様子で、別の話をした。その忖度が余計につらかった。

 

 もうすぐ初盆が来る。はやく韓国ドラマが幸せな結末を迎えるといい。