デートのたびにスタバへ行く。
特別スタバが好きなわけではなく、熱心に新作をチェックしているわけでもないのだが、ほぼ毎回、デートのたびにスタバへ吸い込まれていく私たち。
なぜなら、スタバはそこら中にあるからだ。
ちょっと疲れて休憩しよっか〜とあたりを見回したところ、だいたいある。
都内で行動することが多いのだが、まじでスタバはそこら中にある。
スタバないかな〜と思ってるとひょいと出てくることもある。なんだこいつ……!おれの思考を読んでる!!そう思えるくらい、念ずると同時にスタバは登場する。ほぼすべての駅の付近にある。
それだけ店舗数が多いコーヒーチェーン店なのだ。日本一店舗数の多いコーヒーチェーン店らしい。
鳥取?だか島根?だか忘れたけど、あのへんのよくわからない県?郡?だかでもスタバはあるくらいなのだ。集落だったかもしれない。そんなところにぽつんとあるなんて、それはすごいことだ。廃墟に美しい花瓶が置いてあるくらい不自然なことだ。
スタバはなぜ人気なのだろう?
はっきり言ってコーシーを飲む場所ではない。スタバのコーシーを高銭はたいて飲むくらいなら、ちゃんとした喫茶へ行って紙コップではない陶器でコーシーをしばくべきだ。
スタバはコーシー以外の飲み物を楽しむ場所である。
スタバのコーシーを飲むならドトールの方がずっといい。安くて美味い。それに、タバコが吸える。
今どきスタバで勉強をすることや紙コップであのコーヒーを飲むことがステータスだと思っている虚しい人間はいないだろうけど、でもスタバでノートPCを開いて作業していたり、勉強している人はなんだか格好良く見えてくるのは不思議なもので、その心理もわからなくはない。
ただ、そういった「なにかできそうな人たち」のうちでも半分以上は作業に集中できていない「スタバで作業をしている私カッケー勢」であり、目が泳いでいたり、しきりに甘汁をすすったりしていて全然格好良くないし、私のような「趣味:人間観察」の痛い人間には全然バレているので、気をつけたほうがいい。
スタバはなんだか落ち着く。ほかのコーヒーチェーンと違って、長居をする人が多い傾向にあると思う。
それだけの空間を作り出せているし、フラペチーノは美味しいし、なによりも多少高価であるという一見マイナスなことがステータスを作り出していて、特別感を与えているのだろう。
庶民の庶民らしさにつけ込んだうまい価格設定だと思う。
書いていてふと疑問に思ったのだが、スタバは心地よいのだろうか果たして。
私は最近になってスタバに独りでいけるようになった。ここ1、2年のことだ。
あの独特の、一見ハイソな「輪」に慣れてしまえばなんてことのない場所なのだが、それがむつかしい人にはむつかしい。
私も「ステータス」の甘さにつけこまれた人間の一人なのかもしれない。
スタバが好きだ。