すべてのフレンチトースト好きは「うさぎやCAFÉ」に行くべきだ。
これは、単なるフレンチトーストではない。
まずその形状をよく見ていただきたいのだが、見た目は完全にどら焼きである。
名称も「うさどらフレンチ焼き」というので、フレンチトーストとどら焼きの合いの子であることがわかる。
ナイフとフォークではなく、匙(さじ)で掬うようにして食べる。
一般的なフレンチトーストだとおもって注文したら、かなり型破りなフレンチトーストが提供されるのでご注意いただきたい。もはや、フレンチトーストと呼んでいいのかもわからない。
JR御徒町(おかちまち)駅から徒歩数分、あるいは東京メトロ銀座線の上野広小路、千代田線の湯島、都営大江戸線の上野御徒町も近いので、アクセスは非常に良好である。
JR御茶ノ水から神田明神に参拝し、湯島の下町的な街並みを散歩しつつ立ち寄ってもいいかもしれない。これからの季節、涼しくなるのでよい気分になれるだろう。
人通りの少ない路地の近代的な造りのビルに「うさぎやCAFÉ」はひっそりと佇んでいる。
(外観の写真を撮り忘れたのでストリートビューで)
いつ行っても混んでいて、しばらくは外で待つことになるが、期待を募らせた方が美味しさは増すので、よだれを垂らしながら犬のようにお利口に待とう。
店内は広くはないものの落ち着いた色調で、卓上の小さな植物が可愛らしく、プラスティック・カップに店のロゴが入っていたりと細部にこだわりを感じ、居心地のいい空間にあつらえられている。食器も可愛い。
和菓子カフェエなのにハワイアン・ウォーターを猛烈に推していて謎だったが、サイトを見ると、どうやら「水」がかなり大切らしくこの店はハワイの「水」で餡を炊き上げたり茶やコーヒーを淹れていて、ハワイとは密接なかかわりがあるらしい。
わかれば納得だが、わからないと、なにか怪しい商売みたいである。
この水は飲み放題なので、よく味わうといいだろう。冷たくて、口あたりがやわらかくて、たしかに美味しいのだ。
できればその水で淹れた茶やコーヒーも飲むとよろしい。
さて、「うさどらフレンチ焼き」だが、先にも述べたとおり、どら焼きをフレンチトースト風に焼き上げたものと言った方がよりしっくりくる。
というのも、「うさぎや」がそもそも老舗のどら焼き屋さんなのだ。このどら焼きはかなり美味しいので、帰りに上野に立ち寄って買ってほしい。
木の匙を、たっぷり膨らんだ生地にさくりと差すと、ふわっとした感触が指先に伝わってきて、バターの芳ばしい香りが立ちのぼる。
狼煙をあげるなら、こういうバターの香りがする煙で信号を送りたいものだ。
食べる前にまずこの「香り」を味わおうではないか。そうしないと失礼だ。
バターの香り、小麦粉の甘い香り、小豆の期待感を煽るつややかな豆の香り、そこにセットのコーヒーの苦い香りが合わさって、幸せな気持ちになる。優しい気持ちになる。聖母、という文字が浮かぶ。
皿に顔を埋めるようにして香りを嗅いでいたら、恋人に「犬かよ」と注意された。私は犬でいいとさえこの香りの中ではおもえたが、恋人の名誉のために顔を上げた。
さて。
匙で 「どらフレ」を口に運ぶ。
じわぁ、と全身にバターの風味が広がっていく。
そしてやわらかな風が吹くように、餡子の優しい甘さが全身を撫ぜていく。
鳥肌が立つほど美味しい。
慶(よろこ)び、でしかない。
これはもう美味しさと言うよりも"豊かさ"だ。たとえばこの菓子を親友の結婚式に振る舞いたいとおもえるような"清浄"で聖的な、豊かでおめでたい祝福的な味がする。
慶びだ。この豊かさを、お祝いしようじゃないか。
しっとりと弾力のある生地はサクサクと食べすすめるけど意外と腹にたまる具合があって、濃いバターの風合いがそうさせるのだろうが、そこでコーヒーを飲むとさっぱりしてまた次の一口が美味しくなる。
コーヒーがまた美味い。少し酸味のある苦味だが、コーヒーが苦手な人でも飲みやすい口当たりで、どらフレとよく調和するのだ。
フレンチトースト好きに「うさどらフレンチ焼き」を薦めると、認識に蹉跌を生みかねない。
フレンチトーストでもなく、どら焼きでもない、まったく新しいスイーツなのだから。
だからここは、序文を訂正すべきだ。
「すべてのフレンチトースト好き」ではなく、『すべての人間は「うさぎやCAFÉ」に行くべきだ』と。