蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

言葉は伝えないと伝わらないらしい

  さいきん気付いたのだが、言葉って言葉にしないと伝わらないらしい。

    文字に起こしたり、口に出したり、あるいは手話やボディーランゲージにしないと、自分の気持ちは伝わらないらしい。

 

    私はこんな単純で当たり前すぎることを、なんとなく知らなかった。というか、意識したことがなかった。学校で教えてくれなかったせいかもしれない。親に伝承されなかったからかもしれない。

    恋人との関係のなかで、私はそのことを痛感したのだ。

 

     私はどちらかというと言葉を呑んでしまうタイプで、言いたいことや思っていることがあっても、言わずに状況を静観してしまう。

    だけど矛盾しているようだが、愛してるとか好きだよなんて甘ったるい言葉は言うようにしてる。だからほんとうは、言葉にしないと伝わらないということを知っているのだろう。

     私はただ単に、友達でも恋人でもない人に、自分の意見や感想や感情を伝えるのに勇気がないだけなのだ。

 

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    同期の女の子と仕事をして、その仕事はどちらかと言えば私の専門分野だったので、必然的に私があらゆるトラブルに対して活躍した。

    彼女は仕事が終わってから、「いやぁ〜わたし、ただ居ただけだな……」と漏らすように口にした。

    「いやいや、そんなことないですよ。」私はそう言いたかった。

「ユーザーさんとのコミュニケーションを円滑にしてくれたのはあなただし、あの作業もあの作業も指示通りにしてくれたじゃないですか。今日はあくまで私の助手的な位置で協力に来ていただいたわけであって、お手伝いしていただけただけでほんともう感謝感激雨あられキンキキキンキンキンテケテケテッテッテ♪ってDr.スランプも歌い出しちゃうなぁ、はっはっ。ええ、ええ。あなたの援助がなければ私の残業時間は2時間では済まなかったでせう。ほんと今日はありがとうございます。手際良くて助かりました!」と、私は言いたかった。

 

    私はそう、言いたかった。

 

    だけど、言えなかった。

    どうして言わなかったのかわからない。キンキキ歌うのが恥ずかしかったのかもしれない。お世辞的に社交辞令を述べるのが下手くそなのかもしれない。その子のことが心底どうでもいいのかもしれない。なにか他のことを考えていたのかもしれない。労力を会話に使いたくないのかもしれない。ぜんぶかもしれない。

 

    だけど、私は、言うべきだったのだ。歌わなくてもいいから、「そんなことないですよ。お手伝いありがとうございます」くらい言えばよかったのだ。そのくらいがちょうどよかったのだ。

    彼女にそう伝えなかったから、彼女はもしかしたら本当に自分が役立たずだと思ってしまうかもしれないし、私をちょっと冷めた嫌なやつだと思っているかもしれない。

    私はちょっと冷めた、嫌なやつなのかもしれない。

 

    円滑でストレスのない人間関係のためにも言葉をうまく使うことは大事で、伝えることは伝えなければ伝わらないし、伝えないほうが良いことは黙っていればよろしい。

    この選択の下手くそさもコミュ障の一種なのだろうか。