蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

鬼の訪問

年の鬼は例年よりも臭かったので、行事(いまや自然現象か)とはいえちょっと迷惑だった。

友だちに訊いてみたら、やはり臭かった、と言っていた。Twitterでも「臭い鬼」がトレンド入りしていたので、どうやら全国的な規模で今年は臭い傾向にあったようだ。

うちにきた鬼は、昨年のものよりも臭いのみならず、威勢が弱く、鬼としてやる気がないように見えた。

なんていうか、自分とは校風の合わない学校に進学してしまった高校生みたいに浮いた笑顔の空虚さを持て余していて、おれはこれでいいのか、これからどうすればいいのかを頭の片隅で常に迷い続けているような、雑念混じった鬼だった。

 

ドアをノックする音も弱弱しく、まだNHKの集金の方が迫力がある訪問だった。

そこには今年の鬼が立っていた。

「あ、鬼です。よろしくおねがいします……」尻すぼみに声が小さくなる。

鬼って普通は身長が200cm以上あって胸毛が夏の茂みのようにモウモウとしていて石鹸の香りがするものだけれど、我が家に来た鬼は身長が150cmもなさそうで、恋人よりも低かった。初見で、少し変わった児童かと勘違いした。

胸毛は無く、細い身体にNIRVANAのTシャツを着、金棒のレプリカをひっさげ、自信のない目で私を見上げていた。においは腐ったホルモンみたいだった。

なにをしに来たんだろう。とすら思ったが、彼は「鬼です」と自信なさげにもう一度言って、そうか今年はこういうことか、と状況を理解するに達した。

今年の鬼は弱く、ナーバスなティーンの少年みたいに自信がなさそうで、そして臭いのだ。

「あ、豆、どうぞ、ぶつけてください」

鬼はそう言うとTシャツをペロリとめくり、背骨の浮いた背中を私たちに向けた。

背中には他の家でぶつけられたであろう豆の痕がいくつもついていて、痛ましかった。こんな弱そうな鬼に、痕が残るほど強く豆を投げるなんて、人間が本当の鬼かもしれない。もしかしたら身長的にもまだ鬼界では子どもなのかもしれないのに。

とは言え行事は行事。

豆をまかないと鬼は去らず、部屋に住みついてしまう。しかも家賃・光熱費を払わないのだ。絶対にお引き取り願わなくてはならない。

私たちは、アンダースローでやさしく、鬼の背中に豆をまいた。

「ああ、ありがとうございます」鬼は言った。鬼はぶるぶる震え、すぅぅぅううと息を細く強く吸った。

いったいなにがありがとうなのかよくわからないけど、私はあえて訊かなかった。

 

鬼はTシャツを元に戻し、「では……」と言ってそそくさと玄関を出て、ちらりと私たちを見上げ、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。ドアがゆっくり閉められ、鬼は足音もなく、廊下から消えてしまった。

「なんかああいうのはやりにくいよなぁ」

玄関に散らばる豆粒を拾いながら私は言った。

恋人は豆を投げたりなかったようで、何粒かおもいきり私に投げてきた。「福は内」と言いながら私に豆を投げるのは卑怯と思われた。

 

もうそれ以上でもそれ以下でもない話だけど、鬼は基本的に非常に憎々しいか、気さくなやつであって欲しい。

鬼たちもまた多様性の時代なのかもしれない。