このさい、旅に出よう。
せっかく半年間もお休みをいただいたんだから、家に引きこもっていたってしょうがない。いや、もう引きこもってはいられない。普段インドアの僕にしては珍しくいてもたってもいられなかった。そうだ、今すぐに旅に出よう。
行き先はもちろん、二人で話した行ってみたかったところ全部だよ。
まず知床でしょ、北海道の真っ直ぐな道をドライブするんだ。そんでそれから沖縄に行く。石垣島。宮古島。そのまま台湾まで下ろう。近いからっていつでも行けそうだったから、かえって一度も行ってなかったんだよね。さらに下ってシンガポール。オーストラリア。もちろんアメリカも行こう。それから、新婚旅行で行けなかったトルコだね。絶対。カッパドキア。イスタンブール。トロイ。
お金は充分にある。なにせ二人のために貯めてたんだから。
時間もたっぷりある。なんのしがらみも感じなくていい。
二人分の荷物が入るようにって買っておいた大きなスーツケースに温かい服も涼しい服も全部押し込んでいく。目についた衣服と本。パスポート。帽子。少し迷ってサングラス。あるもの全部、隙間を埋めていく。
あまりにも大荷物になって自分で呆れてしまった。僕一人分でこれか。きみがいたらきっと「夜逃げみたい」って笑うだろうな。僕も笑うだろう。きっと笑っただろう。きっと笑っただろう。
もう行こう。
最後に忘れちゃいけない。僕はそれをしっかり左の胸のポケットへ仕舞いこんで、これでようやくすべての支度が整った。ああ、行こう。逃げるみたいに。
僕は、きみの遺影を胸に抱き、亡きおもいでの旅に出た。