夜中にパンケーキを作っているときほど「大人になってよかった~」と思うこともない。
今回は腐りかけのバナナを消費するために、生地にココアパウダーを混ぜて焼いた。
どら焼きみたいな見た目になった。
「どのご家庭にもあるもの」で写真映えするパンケーキを作るのははたして難しい。
チョコレートソースは高くて買わないし、ひとひらのミントなんて育ててない。土感のある黒い皿なんて持っていないので汎用性の高い白い皿に盛るしかない。もちろん、アイスを掬うためのあの工学的お玉も無いから、大きめのスプーンでむしり取るようにバニラアイスを引きはがして、高さが出るように盛り付ける。アイスはスーパーカップのバニラ、いちばん安いバニラだ。
バナナは98円で買った腐りかけのものだ。テーブルセットだってアウトレット品である。
この中で一番割合に値段が高いのはパンケーキミックスだろうか。
贅沢だけどそこまで贅沢はしていない。
できる範囲で妥協を重ねつつも、満足のいく時間を過ごせている。
身分相応の楽しみだと思う。
最近、まじでお腹が出てきて、ああこのまま百貫デブになるんだろうな、となかば諦めている。そう、諦めている。驚くほど悲しくもない。
彼女に腹を揉まれて「あれれ?おかしいぞう?」と煽られる。しかし、くすぐったいなと思うだけで悲観しない。
太った原因は主に間食が増えたことだが、同居する彼女の食生活にも起因している。
彼女が夕食の米をあまり食べないために、私が彼女の分まで食べているのだ。毎回一合炊くのだが、食べる割合的には彼女が0.3合、私が0.7合かそれ以上を食べている。
引っ越した当時は半分ずつくらい食べていたのだがそれでは多いということで、彼女が残した分を引き受けている。
彼女は夕食を8分目未満にとどめ、食後すぐにチョコレートやお菓子を食べるのを至上の楽しみにしており(と言ってもこれも少量だが)、ご飯をたくさん食べるとお菓子を食べれなくなるから米を積極的には食べたがらないのだ。食後に煙草をやるのと同じ感覚で、きっと「シメ」なのだろう。お菓子を食べないとすこぶる機嫌が悪くなるので、食べるなとは言えない。
おかげで彼女は同居を始めてからみるみる痩せ、私はぶくぶく肥りはじめた。米の「蓄え」を舐めてはいけない。私はテレワークも多く、外出もしないし運動も拒絶しているので必然、カロリーは消費されずに肥(こや)しのごとく蓄積される。
でも食べることを止められないし、だから夜中にパンケーキを焼く業も重ねている。
見る人が見たら発狂するだろう。夜中のパンケーキなんて。「破門する」とまで言われてもおかしくない。
私の中で「体型を維持して健康的に生きる幸せ」と「食べたいものを食べれるうちに食べる幸せ」を秤にかけると後者の方に傾いて欲望が勝ってしまう。
体型を維持して食べたいものを我慢する生活というのは一体いつまで続くのか考えると、おそらく死ぬまで、ということになり、となると「食べたいものを食べ続けられる幸せ」を永劫に享受できない方程式が導かれ、であるならばまだそこまで体型を気にして躍起になる必要性のない若い今のうちに食べたいものを思いきり食べておいた方が幸福だと、人生というものを解釈した。
脂っこいものとか味の濃いものとかコレステロールがやばいものとかアルコールとか、ほっといてもそのうち節制せねばならない時期はやってくるだろうし、味覚が変わって食べたくなくなる時もいずれやってくるだろうから、それならば今のうちに思いきり食べておくべきだと、人生というものをそういう風に捉えた。
やるべきことは焦ってからで充分だ。こうやって生きてきたし、こうやって生きていく。
そんで、たぶんこうやって死ぬ。焦ったときにはもう遅い。
などと言い訳を考えてもパンケーキの前には無力で、今は至福を味わうときだ。
パンケーキを食べる生活は今だけなのかもしれないのだから。