どういう成り行きでそうなったのかというと、あの夜、友人と詩のコンテストに応募すべく2人で推敲していたのだが、にっちもさっちもいかなくなって挙句に飲酒し、飲酒しても良い詩が浮かばないのは当然の摂理、こうなったら我々は少しく徘徊して酔いを醒まそうではないか、とそこそこ泥酔したノリでアパートを飛び出し、このとき所持金は二人合わせて2千円未満、気付いたら、そうだ!八王子まで歩いてみよー!って変なノリになっていたがツッコミ役がいないので突如として噴出しためちゃくちゃな案を遂行するしかなく、我々2人は八王子までの30km強を歩くことになったのだ。21時半、初夏の小雨の降る夜だった。
端的に申し上げて、地獄の行脚(あんぎゃ)であった。さながら死の行軍(デスマーチ)であった。
当時、私は杉並区の下高井戸というところに棲息していた。そこから八王子に行くには、基本的には甲州街道という広くて臭い道路を辿っていけばよろしい。ま、明け方には着くだろ、なんて浅い公算で、私は革靴、友人はビーサンで旅に出た。友人のスマホの充電が切れかけていたし、私のは通信制限をかけられていた。
要するに、ほとんど道を調べず、勘で八王子まで歩こうとしていたのだ。
(一番短く歩いても29kmくらいある)
道はわからんが、とにかく西へ行けばいいことだけはわかる。我々は感覚を頼りに西へ進んだ。
2時間くらい歩いて、なんだかだんだん霧が立ち込めてきた。「八王子」という看板はどこにも見えないし、「多磨霊園」とか書いてある。どこだここは?異界か?
そう、我々は道を間違えていたのだ。近道を求めて甲州街道を抜けたのが間違いだった。地図もないのにそんなことすべきじゃない。
霧深く、零時近く、車通りもないのに異様に広い道路、時々大型トラックが走り、両側は墓地と広大な公園、こんな田舎、埼玉に違いない(実際には東京都三鷹市あたりだった)。
彷徨った。やばいと思った。だって人通りがないし、車も通らないし、墓地だし、ここで野垂れ死ぬのかな、こういう生き方のほうがよっぽど詩だな、なんて思ったそのとき、闇に黄緑色の見慣れた光、ファミマが出現した。
深夜のワンオペの店員さんに、幽鬼の顔した男2人が尋ねた。
「八王子に行きたいのですが」
店員は虚をつかれたようだった。
「歩いて行くんですか?」
「はい」
「めちゃくちゃ遠いですよ?!」
知ってた。めちゃくちゃ遠い。
酔いは完全に抜け、すでに3時間近く歩いた足に疲労が蓄積し、霧に濡れて気力を奪われていた。
「下高井戸から歩いてきたんです。道に迷ってしまって、教えてほしいのです」
店員は本棚から売り物の地図を持ってきて、レジに広げた。
「今は大体この辺ですね」
店員の指差したところは、八王子とは見当はずれなところだった。ひどい道の間違え方だった。
「このまま、まっすぐ行くと、府中に行けます。府中からは西へ、中央道をひたすら歩けばたぶん、行けます」
ああ、なんてことだろう。我々は疲労を抱えながら、全行程のまだ半分も来ていなかったのだ。
店員に言われたまま、とにかく歩いて1時間後に府中に着いた。もう終電はない。帰りたかった。しかし、なにせ所持金が不足していたのでタクシーで帰るわけにも行かなかった。帰るには八王子まで歩き、電車に乗るしかなかったのだ。本末転倒。帰るために行く矛盾。
あとはもう、ひたすら歩いた。途中、歩道がなくなったので車道を歩いた。大型トラックが駆け抜けて尋常ではなかった。
だんだん空気が澄んでいく感じがした。田舎へ向かっているのだ。初夏とはいえ深夜は心寒かった。
口数も少なくなり、お互いに協力、と言うよりは個人戦になり、足の痛みと戦う時間が増えた。なにせ私は革靴、友人はビーサンだったのだ。愚かである。
それでも歩調を合わせて、速度を落としつつも、明朝4時過ぎ、我々は八王子市へ着いた。
八王子市に着いても、すぐに八王子駅があるわけではない。そこまで歩かなくてはならない。
そこからが長かった。一向に着かないのだ。これは、八王子に行く目的は果たしたのに、帰らなければならないという現実との乖離(かいり)が、心理的距離と絶望感を与えたことによるものだ。泣きそうになった。こんなことあっていいのか、助けてくれ。
すり足で歩く。家を焼き出された人みたいに。足の裏は火傷したように熱く、痛くて、股関節や膝、腰骨など下半身を中心として骨が痛み、もはや筋肉は麻痺して痛みすら感じなかった。
二度とやらない。
なんとか電車に乗り、7時間以上かけた道のりを30分で帰り、昼過ぎまでアパートで眠った。
起きると身体中が痛くて動けなかった。階段が登れないし、少しの傾斜がきついのだ。次の日も学校をサボった。
あの革靴はあの日以来履かずに捨ててしまった。二度とやるもんか。
二度とやるもんか、と思っているのに、時々、そんなことをした時代を思い出しては微笑ましく思って、またやってもいいかもしれないナ、なんて一瞬でも思うわけがないだろ。
二度とやらない。
でも、つらかったけど、友人とは一度も喧嘩せず、終始冗談を言って笑っていた。良い友を持ったと思う。
二度とやらんがな!!