蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

「がんばらない」ので仕事を休んだ

 日の帰りぐらいからなぜか眩暈(めまい)がして、なんか変だなぁと思っていたら寝る前に強い吐き気がし、騙しだまし寝たものの、翌朝起きるとまだフラフラして、朝食もろくに食べられず、でも仕事行きたかったから電車に揺られていたら唐突に、あかんな、って瞬間が訪れ、途中で降りて、今日、はじめて仕事を休んだ。

 

 疲れが出たのだと思う。

 電車を降りたとき、正直言えば、ぜんぜん頑張れる感じだった。

 猛烈な吐き気があるとか、熱っぽいとか、そういうことではなくて、「あかん」って思ったのだ。たぶん今日頑張ったら残りの二日間仕事行けないだろうな、って思った。

 最近はまた相続関連のことで揉め事が起きていて家にいても気が休まらず、仕事では新入社員として配属されてから毎日覚えることがたくさんあって、なにかと心が忙しかったし、体もくたびれていた。

 本当は頑張らなきゃならなかったのかもしれない。

 今日行ってみて仕事中に治ったかもしれないわけだし、私の決断は甘えだったのだろう。

 でも、いい決断だったと思う。

 自分自身を甘えさせてやりたかった。それには罪悪感みたいなものが絡んだけど、甘えてみようと思った。

 

 私が仕事を休もうかなと電車の中で眩暈しながら考えたとき、頭をよぎったのは上司の言葉だった。

 上司は私が「がんばります!」と言うと、怪訝な顔をして、ほくそ笑む。そして「がんばるな」と言う。

「ふつうにやって、できるだけ楽をして、ふつうにできるようになったら、それがいちばんいいでしょ。ふつうの仕事なんだから。蟻迷路は新入社員という点でたしかに頑張らなきゃならないのかもしれないけど、そんなんだと、これから先、もっと頑張らなきゃいけないときに頑張れなくなるから、今はふつうでいいんだよ」

「はい……!がんばります!」

「だから頑張るなっつーの」

 

 こういうわけで上司の前で「がんばる」は禁句になってしまった。「はい」の一言以上は求められない。

 たしかに、頑張りすぎてもな、と思った。

 今は研修中で仕事を任せてもらえないから、休んでも業務に支障はない。

 それに、うちの職場は頻繁に病欠者が出る。そんなに社員も多くないのに、週に2人か3人くらい。病欠理由は「怠いから」とか「歯痛」で、「寝てれば治るので明日は行きます」と書かれており、たぶん、本当に仕事に行きたくないだけなのだろう。たぶん、私と同じようになんとなく怠いから休むのだろう。

 また、有休を消化するために、全社員平等に、月に1回か2回、平日休みを貰っており、会社的な雰囲気として、できるだけ楽をしたい風潮が見られる。

 

 そういえば本社研修のときも先輩上司が「どんどん休め」とか「できるだけ楽をする努力をしろ」と言っていて、「お前ら毎日来ていて偉すぎる」とまで笑っていたくらいだった。

 私が想像していた「社会」や「会社」とはなんだかちょっと違っていた。

 もっと気楽には休めないものだし、頑張らなきゃいけなくて、心が詰まされていくような閉塞感のあるものだと思っていた。でも、少なくともうちの会社は違っていた。

 

 そんなことを考えながら、電車の揺れについていけなくなった私は、途中駅で降りた。

 ふつうに体調も悪かった。頭がくらくらして、線路沿いの山羊がぽわんとして見えた(なぜかその駅には山羊がいて、意味がわからなかった)。めぇめぇだかぎぃぎぃだか鳴いていて、長閑なんだか体調不良の見せる幻惑なんだかよくわからなかった。

 家に帰ると母にまた相続の話をされ、もう寝かせてくれよと思いながら耐え、午前中はいっぱいに眠った。昼食を食べ、また夕方まで眠った。

 寝たら元気になった。まだ眠いから、今夜寝れば明日は万全になるはずだ。

 

 明日から頑張ろう。

 いや、頑張らない。ふつうにやろう。