蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

晩夏に句をまぢえて…

に外に出ると、風のにおいが少し乾いて、月が見え隠れして、虫の音がるるると聴こえてくるあたり、もう秋なんだな、と寂しくもなりつつも今年の八月の苛烈な暑さには参っていたので、ようやく一安心するものだ。

それはそれとして晩夏の夜の情緒をなんとかして閉じ込めて、いつでも再生できるようにしておきたい、というわけで、ここで一句。

 

絹治風 乏しの帰すを 視すヅ帖う

 

※「絹治風(キヌヂカゼ)」は「帖(ちょ)う」にかかる頭語で晩夏の季語。

 

さて、我々は冷凍庫にアイスがひとつも無いことを発見した。

それはインド人がゼロを発見したのと同じくらいの事件だったわけで、──冷凍庫にアイスが無いとQOL(クリスタイン・オヴ・リリィコング)が下がり、健康で文化的な最低限度の生活をしている身としてはこれ以上(あるいは以下)健康で文化的な最低限度の生活の質が下がると、健康で文化的な最低限度の生活を続けられなくなってしまうため、健康で文化的な最低限度の生活を続けるためにも、我々はアイスクリームを買いに、晩夏の夜へ下駄をつっかけて出かけたわけである。

 

アイス買い 友目の癇さ 月見ごろ

 

 ※「アイス買い」は桃山時代の職業を指す夏の季語

 

任意に私が「恋人」と称している人物とアパートを出たところ、階段に五分の魂が蠢いていた。

それは甲虫のなりをしていた。

街灯に硬い翅が丸く鮮やかに光っていて、命の誇り、とまた一句捻りたくなったほどだった。

これはカナブンだ、心配いらん、と私は階段をさささと降りたのだが、任意の恋人が了解せず、怖いと言って階段の上に膝を曲げ、きゃあきゃあ言いながら「マジで無理マジで無理」と謳う。

任意の恋人が可哀相だったが、五分の魂だって五分も魂があるのだからそこにいるだけで恐れられるとは悲しいことである。

任意の恋人の一時の安心のために五分の魂を殺害するわけにもいかないので、私は弁を振るい、これがいかに無害で美しい生き物であるかを説いた。

任意の恋人は私の話を聞かずに、きゃあきゃあ言いながら階段を無事に降りた。

 

金久里庫 灯転がす 淫廟段

 

 ※「金久里庫(かなくりこ)」はカナブンの古い言い方

 

我々は超市場でかつおぶし、鯖、アイスクリームを無事に購入した。

鯖は切り身が99セントで買わない方が失礼なくらいだったので、ノリで買った。明日の晩に食べよう、とか言って、幸せだった。

アイスクリームは奇跡的にいつもより安く売っていて(セールって言うんですか?初めて見ました)、これで健康で文化的な最低限度の生活をおくることができると、任意の恋人と安堵してあつい抱擁を交わし、一曲踊った。

 

〽去年のあなたの思い出が

 テープレコーダーからこぼれています

 あなたのためにお友だちも

 集まってくれました

 

手をつなぎ、アパートへ戻ると、五分の魂は路頭に迷ったようにまだ階段をウロウロしていたが、任意の恋人はさすがに声も出さずにそそそと階段を上がり、私たちは巣へ無事に帰ったのであった。少しの間にも心情の変化があったのだろうな。それは季節が変るみたいに、その瞬間には気付けず、あとになって気付くものだ。

という、ある晩夏の、なにげない一日について今日はブログを書きました。いかがでしたか?

 

弔いか 涼極陽淡 iwassameta

 

 ※「涼極陽淡(りょうごくようたん)は冷凍庫の古語