蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

『イニシェリン島の精霊』を見た

『イシェリン島の精霊』という映画を見てきた。

空き時間になにか暇を潰せないかなとウロウロして見つけた映画で、舞台がアイルランドということで興味を持った。

フェイロンの『アイルランド 歴史と風土』を読んでから、この大西洋に浮かぶ小さな島には特別な思いを抱いている。

大好きな村上春樹もウィスキーを飲みにアイルランドへ行っていたし、私の実家には「じゃがいも飢饉」を伝える英書の文献がなぜか書架にあったりして、アイルランドへの心の距離はクラスメイト(いつの?)の中では比較的近い方だと自負している。クラスに一人くらいはアイルランドを知っている人がいたはずだ。それが、私である。

 

さらっと映画館に入ったわりには結構楽しめた。

上映時間も長すぎなくて良かったし、アイルランドの荒涼とした風景は冷たくも美しかった。土着的な不気味さもあり、笑いもある。

それにやっぱり、おじさんが怒っていたり、泣いたり、悪口を言ったり言われたりする話は面白い。

『イニシェリン島の精霊』この映画の筋はおじさん2人の諍いだ。

ある日突然「意識」が変わって「お前とのお喋りは退屈だ」と言って友人関係の縁を切ったおじさんと、縁を切られた主人公の冴えないおじさん。

なんで縁を切られた?なぜ無視される?本気なのか?

縁を突然切られたおじさんは人間不信気味にもなり、愚かな行動を重ねていく。

一方でなぜか突然「意識」が変わって芸術に目覚めたおじさんは、人生を無駄にしたくない、お前のくだらんお喋りには付き合ってられない、と言い放ち、それでもしつこい主人公に対して強固な「姿勢」を見せる。それはもう狂気としか言いようがない、愚か極まりない方法で。

2人ともバカで、頑固で、なんだコイツ……と言わざるをえないキャラクター性だった。そこが良かった。

 

自分の中で意識が変わって、急に友だちの話がつまらなくなったり、価値観が合わなくなって無駄な時間と思えたり、思われたりしたことは、よっぽど恵まれた人でなければ誰しも経験のあることだろうと思う。

悲しいけれどそういうことはあって、ひっそりと距離が離れていくのがセオリーだ。

この映画ではきっぱりと、今日たった今から、って感じで距離を置かれる。

その理由は島があまりにも閉鎖的で、ゆるやかに人間関係を切り離すことはかなり困難だからだろう。

生きている限り関係性は続く。

死か、島を離れることでしか、関係性を断つことはできない。

同じ環境でいながら関係性を変えたいのなら、自分が変わるしかない。たとえなにかを犠牲にしてでも。

そんな映画として私には見れた。

 

作中では皮肉の効いた悪口が炸裂していて、観客からもときおり笑い声が聞こえた。神父がキレるところはとくに良かった。

ちょっとだけ難しいところもあったけど、おおむね楽しめた。

やっぱりおじさんが紆余曲折している映画はいいもんだ。

あと作中のビールが美味しそうだった。