なにげなく米袋を持ち上げようとしたところ、腰をレイピアで突き刺されたかのような痛みが走った。咄嗟のことにその場にひれ伏して、声を出せなくなった。
妻は傍らで爆笑していた。
私も笑っていたのだが、ちょっと笑えない痛みだぞ、とも思っていて、立ちあがろうにもすぐには難しそうだった。
壁にしがみついて、そろり、そろりと立ち上がると、意外にも立っているほうが姿勢が楽で、痛みをあまり感じない。ただし、少しでも前屈みになるとすると、だめだ。よくわからないのだが、腹痛までしてくる。それくらい痛い。
「ぎっくり腰じゃない?」と妻が言う。
ぎっくり腰は早期の手当が後の回復に関わるというので、ネットにあった呼吸法やらストレッチを手当たり次第に試してみた。
少しよくなったような、そう変わらないような、でもやらないよりかはマシみたいな感じだ。
とりあえず湿布を貼ってその日は眠った。
翌朝、なんだか昨晩よりかはよくなっていたので、普通に仕事に行き、打ち合わせをしたり街を徘徊したり、机にかじりついてがっつり残業もして、成果物を仕上げた。我ながらよく働いたし、がんばった。清々しい一日であった。
その晩から容態が悪化した。
立ってても痛いし、なんか明確に左側の腰が痛くて、そこから根を張るように左の背中、左腿、左足の先までじわじわ痛くなってきた。
湿布を貼り、とりあえず寝た。
怖かった。
痛みで夜中に何度も目が覚めた。
激痛が続いているわけではないのだが、常に痛みがあって、なにをするにも──眠るにつけても──邪魔をしてくる。
足の痺れも明確になって、左足がやたらと浮腫んでいる。
病院に行かないとまずいことになりそうな、そんな感じだ。
さらに翌日、お昼休みに会社近くの整骨院へ行った。会社の先輩も御用達のところで、評判も良い病院だ。保険もきく。先生は若くて溌剌としていた。
先生は私の体を触り、すぐに痛みの箇所を見つけ出した。ここでしょ?と指を押さえたところが諸悪の根源みたいに痛む。
「筋肉と筋肉をつないでいる筋膜がぶっ壊れちゃってますね。筋膜がビニール袋みたいなもんだとすると、それが伸びきっちゃってるというか、まぁ、そんなところですな」
「左腰の筋膜がやられたことで、連鎖的に左の背中と左腿、左膝裏、左足の先までやられたっぽいですね」
「ここ、痛いでしょう?ちょっとほぐすと楽になりますよ」
「全身が凝り固まっていますね。腰以外でも、いつなにが起きてもおかしくない」
「いまアイスマッサージといって、すごく冷たいアイスを患部にあてて冷やしてます。なにも感じないでしょ?異常なんです」
先生がいろいろと説明してくれるなか、指圧される痛みに悶え、あるいは体の不思議さに可笑しくなり、感情が忙しい。
たしかにここ最近は23時帰宅が当たり前の日々で、全身が凝り固まっていたことには自覚的だった。私の背中はカナブンみたいに硬くなっていたし、首周りは土偶みたいに動きにくいし、腰は樹木みたいなものだった。
「そういった蓄積が、米袋を持ったという何気ない動作で、変に力が入ったことによって、今回爆発したんです」
処置によって、4〜5日で回復するらしいことがわかった。しばらくはお世話になるつもりだ。
少しよくなって、前屈も前より角度をつけられるようになった。湿布ももらったし一安心である。
実は、米袋を持ち上げて、という理由は、嘘だ。
本当の理由はとても恥ずかしくて言えない。
でもブログでは言っちゃおう。
本当は、妻を抱っこしたときに、腰を痛めたのだ。
妻は甘えたがると抱っこをせがむ。
妻はサテン生地のツルツルしたパジャマを着ていて、これは滑るから抱っこしにくいのだが、最近帰りが遅くて一緒にご飯も食べれていないし、疲れてるけど、抱っこくらいしてやるか、とご要望にお応えしたかたちだ。
それが、まさか、こんなことになるとは。
妻をゆっくり下ろした私はその場にひれ伏し、痛みに悶えながら笑った。妻も笑っていた。
うちは新婚なのである。
こんな理由、面白い以外にない。