蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

大学を卒業した

 業しました。
 卒業式の日は朝から会場へ向かい、式が終わったら学校へ行って学位記授与式があり、それが終わったら教授の研究室に行って、15時から19時過ぎまで日本酒とワインとビールをしこたま飲み(この時点で泥酔)、私は途中で抜けてサークルの飲み会に参加、二次会ではなぜか「いきなりステーキ」に文字通りいきなり行き(なぜ行ったのか、どうしてそうなったのか、記憶がない)、気が付いたら三次会のカラオケで私は眠っていて、1時ごろにようやく目を覚まし、5時まで歌っていた。大学生の卒業式なんてこんなもんだ。
 

 始発に近い新宿発の電車には、同じ大学の卒業生や、他大学の卒業生が死んだ顔で乗っていて、同志……と思った。

 帰りはサークルの同期の女の子と帰った。
 彼女と最初に会話をしたのは、1年生の時の新歓コンパの帰りの電車で、二人でこのサークルに入るかどうかとか、高校でなにをやったかとか、学部の話とか、初対面らしい会話をしたものだ。入学から4年が経とうとしている今では、お互いに泥酔してヤバい姿をさらしすぎていたためか(彼女は泥酔すると私のズボンを下ろすクセがある。私は泥酔するとわけのわからないことを口ずさむクセがある)、なんだかお互いに「他人」であるということを意識するのも忘れ、私は彼女の隣でがっつり口を開けて眠って帰った。
 まさか卒業するとはね、と眠りから覚めて喋った。車窓から差し込む朝日が目に沁みた。
 新歓コンパの帰りに出会った時と比べて、私たちは年相応に成長したし(あるいは老けた)、多くのものを得たり、失ったりした。私生活にせよ、なんにせよ。
 初めて出会ったとき、4年後の卒業なんて目に入っていなくて、この日のことを想像できなかった。4年生の先輩方は偉大だったし、あの頃の私は小さかった。今でも小物には変わらないけど、1年生からしたら少しは大きく見えるかもしれない。
    変ったことと、変わらなかったことがある。
 私たち一人一人の親密さは変わってしまったかもしれない(良くも悪くも)けれど、仲間であるということには変わりがなく、これからも、いつまでもそうであってほしいと、私は願う。祈る。
 

 私は4年前の自分に教えてやりたい。
「ここで間違いない」と。
 あとは呼吸も忘れるほどがむしゃらに走り抜ければいいんだ。うまくダンスをすればいいんだ。波に乗って、風を掴んで。
 今、そう思えることが、私の幸せだと思う。学校も、先生も、サークルも、つらいことは多かったけれど、今が幸せなら、決して選択は間違えていなかったのだ。


 彼女と別れ際に、変わったね、お互い。でも変わらないところもあるね、と話した。
 彼女と最初にこの電車で出会ったときから、今日という日の運命は決まっていたのかもしれないと、眠い目をこすりながら思った。流れる景色を見つめながら、朝日に照らされた彼女を見ながら、そう思った。ただなんとなく。
 すると、彼女は言った。
「私は最初に蟻迷路に会ったときから、やべぇ奴だと思ってたよ。今もそうだけど」
 

 変わったことと変わらなかったことがある。良くも悪くも。


 こうして私たちは違う街の駅で降り、それぞれの道へ進んだのだった。

 

 

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