好きなだけ筋肉を鍛えればいい。悪いことは何ひとつないのだから。
ananセックス特集の表紙の田中圭を見たとき、僕は筋トレをするべき時が来たんだ、と思った。
なにも過剰な筋肉は必要なくて、「丁度良い」肉感さえ得られれば僕は満足だし、大胸筋に浮き立つ乳首が美味しそうに見えれば世界はより愛しく感じられるのかもしれない。
そう、エロい体になりたい。
エロい体になって、鏡で自分を見つめ、自分を愛したい。
私は運動もしないし、暴飲暴食もしないので基本的にはガリの類なのだけど、それでも最近、だらしのない腹肉が出てきていて、これはしばらくのうちに太ったナメクジみたいな醜い見た目になって、乳首は萎れ、背は曲がり、餓鬼になってしまうのだろうな、という危惧がふつふつと湧いてきた。
餓鬼にはなりたくない。
どうにかしないといけない。
運動もしないのに缶ビールばかり飲んでいると、そのうち本当に餓鬼になってしまうだろう。
村上春樹の小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で以下のようなシーンがある。
主人公が缶ビールを飲んでいると、相手の男(ちび)が次のように言うのだ。
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「余計な忠告かもしれんが、三十五を過ぎたらビールを飲む習慣はなくした方がいいぜ」とちびが言った。「ビールなんてものは学生か肉体労働者の飲むもんだ。腹も出てくるし、品性がない。ある程度の年になると、ワインとかブランディ―とかが体に良いんだ。小便の出すぎるやつは体の代謝機能を損なう。よした方がいい。もっと高い酒を飲めよ。一本二万円くらいするワインを毎日飲んでるとさ、体が洗われるような気がするもんだぜ」
私は肯いてビールを飲んだ。余計なお世話だ。好きなだけビールを飲むために、私はプールに通ったりランニングをしたりして腹の肉をそぎおとしているのだ。
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ビールは腹が出る。
ちびのおっしゃる通りだ。ビールなんてやめたほうがいい。
だけども、僕はそのあとの「私」の方に共感したい。
僕もビールを飲み続けるために、余計な肉をそぎおとすべきなのだ。
そんな話を電話で恋人としていた。
「筋トレすべきだよ」
「だけど、仕事から帰って、筋トレしようと思っても気力がないというか、いろいろやっているうちに寝る時間になって、ああ今日も筋トレできなかった、ってなっちゃうんだよ」
「いまやればいいじゃん。今。今やるべき時なの」
言われて、僕はイヤホンを繋いだまま、筋トレを始めた。腹筋を50回やる間に、彼女には僕が書いた140字小説を読んでいてもらった。
25回を過ぎたあたりで体が重くなる。
「ふしっ……ふしっ……」と声を出すと恋人は電話の向こうでクスクス笑った。
なんとか50回やりきって、もう動けなくなり、ベッドに横たわって、作品の感想を訊いた。
「あなたの息がおもしろくて、すごく乱された。でも、おもしろかったと思う」
今夜はよく眠れそうだ。
筋肉を動かすと心地よい疲労感があって、逆説的だが癒された感じがあった。きっとなんらかの脳汁が分泌されて、それが肉体と心を温めたのだろう。
とりあえず50回からはじめて、慣れてきたら回数を増やそう。
続けることが大事だ。
続けるぞ。
続けるんだ。
続けたら続くんだ。
ね。
うん。