蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

見えざる相手との会話

 はヘルプデスクで働いている。

 ある会社のユーザーがコンピュータについてわからないことがあったり、障害を抱えたらそれを電話で受けて直す仕事である。

 だいたいのトラブルの概要を聞いて、遠隔操作で相手のPCに入り、トラブルシューティングするのだ。

 ヘルプデスクがメインの仕事ではなく、ほんとうは会社のネットワークインフラやPCのキッティングや設定変更が主な作業なのだけれど、ヘルプの電話がかかってきたらそれら業務に加えてトラブルを解決しなければならない。

 一日に受ける数は、3~5件くらいだから、そんなに多くないのだけれど、なかにはわけの分からないトラブルや、エクセルの関数を教えてほしいだとか、ヘルプデスクに訊かずにGoogleで調べてくれ、みたいな相談事も舞い込んでくる。

 要するに便利屋みたいなものである。

 

 はじめのうちは電話をとるのが怖かったけれど、今では臆すことなく対応できるようになった。数をこなさなければ慣れることはないのだ。

 だが、ヘルプデスクの一員とは言え、私のコンピュータに関する知識はほとんど0であるから、半分くらいは電話を取って、ヒヤリングし、先輩に放り投げてしまう。解決方法を先輩から教わる、という流れで勉強している。

 どんな障害が起こるのかはその時にならないとわからないので、勉強のしようがなく、経験していくしかない。

 

 電話の相手は同い年の人から定年間近の人まで男女を問わない。

 急ぎの仕事があるのにPCがフリーズしてしまいイライラしている人もいるし、こちらの問題であるにもかかわらず自分が何か悪いことをしてソフトウェアが暴走してしまっていると勘違いしている自尊心が低い人、トラブルの内容を説明しているうちに自己解決してしまう人、雑談したいだけの人、などさまざまな人がいる。

 

 私は同じヘルプデスクに務めている人が電話に出ている様子をよく観察している。

 明るい声で、笑顔で電話に出る。丁寧な口調で、朗らかに話す。

 その手に持ち耳にあてている機械の先に他人がいると知らなければ、その様子はちょっと不気味だ。奇妙な独り言の演技をしているように見える。

 江戸時代の人が見たら、ああこの方々は気が狂っているのだろうな、と憐れに思うかもしれない。

 私は電話に出つつも心の中で俯瞰しているもう一人の自分に「独り言上手だに~」とムカつく口調で言われる妄想をしてしまうので、電話に出るときは険しい顔をして、それでいて朗らかな声で対応するようにしている。

 よく考えればそちらの方が奇妙である。

 

 

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 電話とは関係のない話だけど、コンピュータって人類の叡智が詰まった、論理と理論に基づいた科学の結晶であるにもかかわらず、一台一台個性があるように思う。

 まったく同じように設計され、点検されたPCであっても、あるソフトを入れようとするとその一台だけ入らなかったり、他とは違う挙動をしたりする。

 精密機械であるゆえに、ほんのちょっとの組み立て段階でのミス(ミスとも呼べないような差異)がこのような事象を発生させるのだろうか?

 たとえば分子数個分の違いが ほつれとなってしまうのだろうか?

 人間が創り出したものでさえ制御できないのだ。

 PCでそういうことが起こるたび、完璧なんて人類には作り出せないのだと思い知らされる。

 不完全から完全や完璧が生まれるわけがないのだ。