蟻は今日も迷路を作って

真面目な話からそうでない話まで。本当の話から嘘の話まで。蟻迷路(ありめいろ)という人が書いてます。

『テレタビーズ』ってなんだったのだろう

 事で疲れた日は、家に帰って意味不明な音楽やわけのわからない動画を延々眺めたりしている。

 もってけ!セーラーふくという曲はサイコーだ。聴いてると頭の中が空っぽになる。女子高生の「ノリ」だけで巧妙に作られている名曲だと思う。この曲を私の人生のテーマソングにしたいくらいだ。

 嘘だ。テーマソングは くるりの「ジュビリー」がいい。

 

 昔、キッズステーションというケーブルテレビでテレタビーズという幼児番組が放送されていたのだが、さいきんは帰宅してからYouTubeに断片的にアップロードされている『テレタビーズ』を延々見つめている。

  私はどうかしてしまったのだろうか?社会は人を壊す。作り変える。

 意味不明な宇宙人がざわざわしているだけのアニメというか、実写なのだけど、まずは『テレタビーズ』の面々を見ていただきたい。

 

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 怖っ。

 このキャラを可愛いと思って大人が作るわけがない。

 幼児に根深いトラウマを残すために作ったに違いない。

 ほんと外国人のセンスはわけがわからない。ピエロにしたってそうだ。精神が乖離しているとしか思えない。

 

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 舞台はとにかく地球ではなくて、ではどこかの星かというとそうでもなさそうで、私は幼児たちの「陽」の「無意識」が舞台なのではないかと思っている。

 エナジードリンクを濃縮したような甘さの溢れる世界である。この画像一枚だけでもそれが伝わると思う。丘はなだらかに緑で空は澄みよく晴れ渡り雲はポップコーンのように膨らんで白い。「夢」の世界なのだ。

 

 ストーリーなどといったものは存在せず、すべて「ノリ」であるため、ただ見つめるだけでいい。

 良い兆候があるとテレタビーズのお腹のテレビが光り、なにやら外国製の無害な子どもたちの動画を見せてくれる。それを見てテレタビーズは恍惚とした表情を浮かべる。

 わけがわからない。

 また、テレタビーズは食事を摂る。機械のボタンを押すとパンケーキらしきものが排出口からバフンと噴出し、テレタビーズの皿に落ちる。そのにおいを嗅いでひたすらよろこび騒ぐ。あまりにも無垢。

 それから、どろどろの粥のようなものを食べるときがあって、それすらもひとしきり騒ぐ。食べる喜びを知っているのだ。その二品しかないくせに。可哀相で可愛い。

 

 なんなのだろう?

 そう思いながらも見るのをやめられない。

 キャラクタの不気味な感じ、舞台の宙に浮いてるような夢の心地、ストーリー無きストーリー。

 意味といったものが一切見られない。それは無意味なのではなく、意味にあらず、非意味にほかならぬ。

 高度な禅問答みたいに「意味ではない」ものが『テレタビーズ』にはある。

 

 子どもたちはこれを見て、何を想うのだろうか?私は幼いころほぼ毎日これを見ていたけど、何を考えていたのだろうか?

 もはやそれはわからないが、毎日見ていたということは、そういうことなのだろう。

 不気味と悦楽の絶妙なバランスで成り立っている『テレタビーズ』は、しかしながらまったくの無害でありながら我々の心に深い根を張る。というか、心の奥底にあった「陽」の部分の目を覚まさせてくれる。

 阿片窟(アヘンくつ)で放映したらものすごいトリップができそうだ。

 

 これ以上書くと頭がおかしくなりそうなのでやめよう、それに意味ではないものを語るのは無粋だ。

 

 制作陣は心の病になったりしなかったのだろうか?