蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

最後の蚊

 ろそろ裸で寝るのにも寒くなってきたので、昨晩から服を着て寝るようにしてるのだが、スネが痒くて、なんだなんだと見てみたら、ほらご覧、蚊に刺されていた。

 痒いわ、アホ。

 まだくたばっていなかったのか。

 もう秋だぞ。おれだって裸で寝るのをやめたんだ。蚊が出てきていい季節じゃあない。さっさと自害してくださいね。

 蚊に対して強烈な嫌悪を持つ私はそのように口汚く罵った。

 蚊は、絶滅すべきである。ヒトラーユダヤ人を根絶やしにしようとした情熱を、私は蚊に対して燃やしている。猛毒ガス(蚊取り線香)をぷんぷん焚いて、この夏も蚊を葬ってきたが、満足いく数殺していない。もっと殺さなければならない。私のために。皆のために……。

 たぶん、こうやって「ラスボス」は形成されていくのだろう。

 

 なおも私の、蚊に対する批判は止まない。

 だいたい、この時期に必死になって血を吸わんとしている蚊って、落ちこぼれなんだろうな。だってそうでしょ。生存に適さない気温になってもまだ繁殖しようとしてるって、ピーク時にパートナーを見つけられなかったってことでしょ。

 可哀相に。憐れ。笑えるよ。

 そんで、こんな涼しくなって、貧相な男の血をようやく吸って、重くなった体でヘロヘロしながら部屋を飛んで、おれに殺されるのを待ってる。

 言っとくけど逃がさないからな。お前は絶対に生かさないから。飛んで火に入る秋の虫。ハハハ。

 

 そう独りで部屋で盛り上がって、昨晩は寝た。

 

 朝起きると、蚊はまだ飛んでいた。

 本当にどこからも逃げられなかったのだ。

 私の血を吸ったためもう血を吸う必要もなくなり、逃げようとして窓ガラスに何度もぶつかったり、壁をつついてどうにかしようとしていた。

 その姿を見て、なんだか本当に、悲しくなった。

 どうして秋になってまで血を吸わねばならなかったのか、ようやく吸ったのが若い女ではなくむさくるしい男だったのか、そうして逃げられなくなってしまったのか。

 蚊は、本当に落ちこぼれだったのだ。

 運のないやつ……。せせら笑ってやろうと思ったが、どうしてだろう、蚊の姿が私に重なって、じつに不愉快だった。

 もう一度眠ることにした。次目が覚めてあいつが部屋にいたら、おれの手で挟み殺してやろう。あいつはおれが殺してやるんだ……。おれの手で……。

 

 目が覚めたのは正午過ぎ、部屋に蚊の姿はなかった。

 逃げられたのかもしれない。この閉塞感のある、どこにも行けない部屋から、どこかへ逃げたのか、それとも帰れたのかもしれない。

 

 あるいは、力尽きて死んだのかもしれない。

 

 蚊に、生きていてほしいと思ったのは、初めてのことだった。