蟻は今日も迷路を作って

くだくだ考えては出口のない迷路に陥っている

妹よ

  妹発達障害自閉症を患っており、日常会話はとくにつつがないのだけど、たとえば試験のときや周囲の環境が変わったときにその症状を発揮してすぐに身体を壊したり、難しい文章が読みこめなかったり、集中力が途切れてしまって、いわゆる「普通の人」ができることに苦労して臨まねばならない。

 たとえば私が1時間で習得できることが、妹なら3日くらいかかってしまう。こんな言い方したくないけど、健常と病気の隔絶とは、そういうことなのだ。

 

 挫折に次ぐ挫折を味わう妹は、私よりも成功を知らない。

 私は単なる怠惰で栄光をいくつも逃してきたけれど、妹は努力をして胃に穴が開くほどの苦痛を感じながらも栄光を逃してきた。

 一般的な、無理解の、無知の世間からすれば、妹の挫折は「努力が足りない」と一笑に伏されてしまうのが、私も母も妹も、悔しい。

 

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 たしかに妹は普通とはちょっと違う。

 なんか独特な感性だし、会話のキャッチボールで意図せずシンカーを投げてくるようなときもあるし、試験とか面接とか特殊な場面では力を発揮できずいつも失敗ばかりだ。

 だけど、そんなことは、他人より劣ってる、ということにはならない。私は妹の兄として、彼女に向かって、世界に向かってそう言いたい。

 妹は優しい。

 弱者に向ける愛を持っているし、犬や猫や動物たちと会話できてんのかってくらいすぐに仲良くなれるし、私よりも人間の友だちが多く、親友だっている。

 どんな人とも会話ができ、嫌味が無いので好かれる。笑って話を聞き、たまに気の利いたことも言える。私がくだらないことを言ったら、呆れながらも笑ってくれる。

 花や草の名前をたくさん知っている。

 片付けとか勉強とか、脳の構造上どうしてもできないことはあるけれど。

 何回言われても注意されても克服できない苦難はあるけれど。

 だけど、私は妹よりも精神的に美しい人間を知らない。

 

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 人間の価値ってなんだろう。

 すべての人間に価値があるとも思うし、すべての人間に価値はないとも思える。

 妹は、私が一浪したといえそれなりにちゃんとした大学を出て、ちゃんとしてるっぽい会社に勤めていることを誇りに思い、私を価値のある人間だと認めてくれている。

 妹は、自分に無いものを私の中に見ているのだ。

 

 だけど、人間の価値って、そういうことではないんじゃない、と思う。

 少なくとも、人間の価値はそれだけじゃない。

 妹を見ていてそう思うのだよ、私は。

 

 と、こんなことを、妹が保存していた缶チューハイを飲みながら、書いている。罪滅ぼしのつもりで。

 どうしても酒を飲みたかったんだ。

 明日買いに行くから許してくれ、愚かな兄を。